結局、翔平を誘えないまま迎えたクリスマス。
矢部っちにも翔平は誘えないと言えないままだ。しかし、懐中時計を人質ならぬ物質にされている手前、聞かなかったことには出来ない。

「最近は腕時計なんだね」

お昼ごはんのタイミングがたまたま重なった近藤さんがおにぎり片手に言った。さすが先輩研究員は観察力が違う。

「いつものは修理中です」

それはあたしが考えた言い訳だ。たとえ翔平に懐中時計を使っていないことがバレても、これなら数日は通せる。

「いつもの時計は恋人からの贈り物?肩見放さず持ってるよね」
「……」

翔平は恋人になるからそうなるのか。貰ったのは恋人になる前。もう10年も前になるから、そう思ったことはなかった。

翔平がくれたものだから、ずっと大切にしていた。好きだから。翔平のことがすごく、すごく。

「大好きな人が初めてくれたものなんです」

あたしがそう言って微笑むと近藤は目を瞬かせた。

「稲村さんの恋愛話は聞いたことないわね」
「いつも研究の話ばかりですもんね」
「今日はクリスマスデート?」
「え。いや、そんな……」

クリスマスデートなんかない。
そんな約束していない。

しかし、何のタイミングか、机上のスマホが鳴る。

〈7時に会社まで迎えに行くっす。時間厳守っすよ〜〉

慌てて隠したのに、時すでに遅し。ラインの内容が目に入ったらしい近藤はニヤリと笑った。

「やっぱり、デートじゃない!」
「違います!誤解です!」
「照れない照れない!」
「違うんですってば!」

誤解だ。完全な誤解だ。
恋人は翔平なのに、誤解を招くには充分なラインの内容だった。

矢部っち!

「どんな人なの!?」
「違うんです。彼じゃないんです!」

矢部っちじゃない。
あたしが一緒にクリスマスを過ごしたいのは……。