午前零時。
喉が渇き、キッチンに向かえば豆電球がついていた。

「真凛」

少し痩せた後姿。
大好きな苺味の豆乳をコップに注ぐ妹は振り返ってはくれなかった。


「お姉ちゃんも飲む?」

「豆乳苦手」

「だよね」


壁に掛かる時計がカチカチと音を鳴らす。
昼間は気にならない僅かな音でさえ夜の暗闇では騒音と化す。



ピンクのフリルのついた可愛らしい部屋着を着たその後姿は見慣れているはずなのに、すぐに言葉が出てこない。

真凛が口を閉ざす理由は、話したくないからだ。
妹の心が壊れてしまうくらいなら、なにも聞かない。


「もうじき裕貴のお母さんの誕生日だよね。今年も何かあげる?」


「………」


家族ぐるみで仲が良いため、贈り物を毎年していた。

だから、外に出るきっかけになれば良いと思っての提案。


「次のお休みにでも一緒に買いに行かない?」


「………お姉ちゃんは、何も分かってない」


返ってきた拒絶の言葉は、少し震えていた。

呑気な姉への怒り。



「……ごめんね」


順風満帆にいっていた真凛の人生を、どうにかして元のレールに戻してあげたい。
両親もそれを願っている。

「授業のノート、コピーしてきたから後で渡すね」


「……どうして私の代わりなんてするの?お姉ちゃんは春から一人暮らしして、立派な社会人になる予定だったじゃない」


「社会人にはいつでもなれるから」


「お姉ちゃんにはお姉ちゃんの人生があるでしょ?私のことなんて、放っておいて!」


目も合わせず、真凛は私の横をすっと通り過ぎた。


いつも正義がそうしてくれているみたいに、
妹の腕をとって引き止めることができたら良いのに。

その行為がこんなにも勇気がいるものだなんて、知らなかった…。