第八話 仲直りと仲直り?

その日、事件は起きた。

「…っ、だから違うって言ってるじゃん!」

「何が違うのよ!!意味わかんない!」

ぎゃいのぎゃいのと近くで騒ぎが聞こえた千尋

「…どうしたの」

千尋が駆けつけると、瑠衣と楓がお互いの頬をつねって今にもヒートアップしそうだった

「千尋!ねぇ聞いてよ!楓くんがー!」

「おいおい、それなら僕の話も聞いてよ神崎ちゃん!」

「ええと…」

物凄い剣幕で千尋に迫る二人

「と、とりあえず場所だけでも変えようよ

…ここ、病院だし」

はっと我に返った二人は辺りを見回して、少し落ち着いたようだった

「…近くのカフェにでも行こうか」

千尋が小さく笑うと二人は頷き、以前美里と話をした小さなカフェに行った

「…それで?何があったの」

喧嘩をしているはずなのに何故か千尋の向かいに並んで座った二人

それがどうもおかしくて、千尋は吹き出すのを我慢していた

「…楓くんが悪いのよ。

今朝ね、ミーティングの後にいつも通り仕事してたの」

瑠衣の証言によると今朝のミーティング後、担当の部屋へと向かった瑠衣はいつものように部屋の掃除をしていた

「皆川さん、ちょっと…」

「?どうかしましたか」

瑠衣が一二三さんの所へ向かうと、ベッドの足元に見覚えの無いメモが一つ

「僕も起きた時に気がついたから誰のか分からなくて…
多分、看護師さんのじゃないかなって」

「わ、すみません!…ちょっとナースステーションに行って聞いてきます!

ありがとうございます、一二三さん」

一二三さんに背を向けてメモの中身を確認した瑠衣

「…?」

中には、何も書かれていない

「誰のだろう…」

しかしパラパラとめくっていくと…

「あれ、何か挟まってる」

ページを開いた瑠衣は目を見開いた

「何、これ……」

挟まっていたのは一枚の写真

そしてそこには…

「…っ、?!」

楓と、美里が仲睦まじく話している様子が写し出されていた

「…なんで、こんなのが…」

そしてよく見ると、美里が楓の手に自分の手を添えている

「…あいつまた…!!」

過去の事を思い出し、沸沸と怒りがこみ上げてくる

「…だめだめ、今は仕事中なんだから…」

そう言ってメモをポケットにしまおうとした

その時

「るーいっ」

部屋を出ようとした瑠衣を引き止めたのは…

郁也だった

「…皆川です。何かご用ですか?」

営業スマイルで郁也に対応した瑠衣に、郁也は驚きの発言をする

「それ、俺の」

「…え?」

「瑠衣がさっきポケットにしまったそのメモ、俺のだから返して?」

メモが入ったポケットを指差して笑う郁也

「…あぁ、そうだったんですか。
持ち主が分かって良かったです」

はい、と郁也にメモを向けた時

ぐいっ!と力強く郁也の腕に引き込まれる

「あなたって人はまたー…!」

力づくで引き離そうとした瑠衣の耳元で、郁也はさらに驚く発言をした

「…あいつら、デキてるよ」

「…なんの話ですか」

瑠衣の明らかな動揺に、郁也はにやりと怪しい笑みを浮かべる

「瑠衣にはもう、入る隙が無いってことだよ」

そう言って、瑠衣の腰に手を回す

慌ててバッと離れた瑠衣

すると郁也は普段の笑顔に戻り、何事も無かったかのように振る舞う

しかしその裏には、瑠衣の想像を超えるような感情があった

「…お前、あいつに惚れてるんだろ?」

図星を突かれた瑠衣は言葉を失い、顔を真っ赤にする

「…いい加減に、してください。
私、仕事なんで…もう、戻ります」

スタスタとその場を去った

そしてその数分後、考えすぎたのか調子が悪くなってきた瑠衣

ほかの看護師に代わりを頼み、しばらく休憩室で休んでいた

「ーあれ、瑠衣?」

ガチャ、とノック無しに入ってきたのは楓だった

「…ちょっと、ノックくらいしてくださいよ」

ぶすーっと睨みつけるように楓を見る

「あは、ごめんごめん!
まさか瑠衣がここに居るなんて知らなくて」

そう言いながらも何故か手には二つのコーヒーの缶が

「まぁ、これでも飲んでゆっくりしなよ」

コト、と持っていた缶を一つ瑠衣に渡す

「それで?瑠衣が仕事中ここに居るなんて珍しいじゃん

どうしたの?」

「…楓くん、あなた仕事は?」

「仕事?僕の仕事は今日もう大体片付いたから、こっちに顔出しに来たんだけど…」

今日は随分暇なのね、そう言って缶を開ける

「…楓くん、あなた最近楽しそうって噂になってるわよ」

コーヒーの缶を仰ぎながら瑠衣が言う

「楽しそう?僕が?

…そうかなぁ」

えへへ…と笑う楓は満更でもない様子だった

「…水上さんと、噂になってる」

「…誰が?」

「楓くん」

「…俺が?」

「……そう」

一瞬、ぽかーんとしていた楓

しかしすぐに顔つきが変わり、瑠衣に詰め寄る

「なんで“俺”と水上さん?
…俺と瑠衣じゃなくて?」

「…なんでそこで私が出てくるのよ

私だって知らないわよ、そんなの」

少し拗ねたようにため息をつく

「俺、水上さんとほとんど関わり無いんだけど…」

思い当たる節がない、と言ったようにうーんと唸る楓

それを見た瑠衣は沸沸と、どこからか怒りがこみ上げてきた

「…楓くんと水上さんが仲良さそうに話してるの、知ってるよ」

「…いつ」

「そ、そんなのいつだっていいじゃない!
大体、何でそんな白々しい態度取るのよ!本当の事なら素直に認めればいいじゃない!」

いつにも増して真剣な瑠衣

しかし楓だって負けていなかった

「はぁ?!そんな性懲りも無く責められたんじゃ、俺だって納得しない!

第一、水上さんは神崎ちゃん達の事があったから暫くは反省するって言ってたじゃないか!」

そう。

美里は千尋と英治の一件以来、暫く反省したいと自主的に色恋沙汰には関与しないと瑠衣や楓がいる前でも宣言していた

その事もあってか瑠衣は余計に許せなくなり、どうしようもない感情を楓にぶつけていた

「…証拠なら、あるわ

いま私の手元には無いけれど…楓くんと水上が仲良さそうにしていた写真、見たんだもの」

半泣き状態になりながら半分立ち上がりかけた身体をストンと椅子に任せる

「…写真?一体どこでー…」

「…そろそろ仕事に戻らなきゃ。

…それじゃ」


ーパシッ!

「…待てよ。
話はまだ終わってないだろ」

「…こんな所で油を売っている暇なんてないの
私にはしなくちゃいけない仕事が沢山あるんだから」

掴まれた手に振り返ることなく、部屋を出た

「ーーーーくそっ!!」

ダンッッ!とテーブルを叩く楓

こんなはずじゃなかったのに。

ただ、瑠衣の元気が無いと偶然通りかかった別の看護師から聞かされて

いてもたってもいられなかった楓は。

書類整理を猛スピードで終わらせ、
次のオペの準備や打ち合わせを驚きのスピードで片付けて

急いだのがバレないよう息を整えて瑠衣の元へと来たっていうのに

「…結果がこれじゃあ、かっこ悪いな」

頭を抱えて項垂れる楓をこの時見た人は、いなかった

「……はぁ、」

重い足取りでフロアへと戻る瑠衣

「俺の言葉は間違って無かったろ?」

下を向いてとぼとぼ歩いていた瑠衣は後方からの声に顔を上げた

「…」

「所詮、あいつも男なんだよ
瑠衣は可愛い系だけどあの看護師は美人すぎる。

そりゃ、あんな人に優しくされたりでもしたら…男は一瞬で恋に落ちるさ」

「…あんたも昔そうだったじゃない」

「…まさか、あの時のあの子までここに居るなんて驚いたけどね」

郁也は、美里の事までちゃんと覚えていた

「それで?瑠衣はどうすんの」

「どうする、って…」


「…っ、見つけた!!」

遥か後方から、誰かが猛スピードで走ってくる

白い白衣を翻し、軽やかに走る彼はすぐに誰だか分かった

「…げ、楓くん」

今一番会いたくない人だった

瑠衣は反射的に楓から逃げ出し、自然と追いかけっこ状態になってしまった

「…っ!おい、瑠衣!止まれ!」

「…っ、!!」

しかしやっぱり男の子

程なくして瑠衣は楓に腕を掴まれ、立ち止まる

「はぁ…はぁっ…おま、止まれって…言ってんだろーが…!!」

息を切らしながらも、瑠衣を掴む手は緩む気配がない

「…っ、なんで…追いかけて…来るのよ…!」

「おま、…お前が…逃げるからだろ…!」

お互いに息が切れ切れの状態

まともに会話できる状態では無かった

「お前…何を勘違いしてるのか知らねーけどさ…」

息を整えながら楓が切り出す



「俺、他に好きなヤツいるから」



ーチクッ、

瑠衣の胸に、微かな痛みを感じた

「…それを私に言って、何になるの」

楓の方を向けず、背中越しに答える瑠衣

「楓くんが誰が好きだろうが誰と付き合おうが…私には関係ないわ」

「関係ある!!!!」

突然はっきりと告げられた瑠衣はビクッと身体を強ばらせた

「…俺は、水上を恋愛対象として見てない
それどころか、好きなヤツ以外、恋愛対象として見てないよ」

「じゃあどうして!何であの人とあんな近くにいたの!!」

郁也が持っていた写真を思い出す

「だから何の話だ!俺はそんな疑われるような真似してない!」

そこから更に言い合いはヒートアップして…

居合わせた千尋により、一時休戦となった


「…ふーん、そんな事があったの」

いまだ謎の距離感を保って目の前に座る二人を見比べながら千尋が言う

「…俺は、瑠衣のそんな話聞いてないぞ

写真の話なんて、あの時一言も言ってくれなかったじゃないか!」

「だって…!」

「あーもう、はいはい。ちょっと落ち着こうか二人とも」

また喧嘩になりそうだったため、千尋が慌てて仲介に入る

「要するに、瑠衣の元彼さんが持ってた写真に映ってたのが楓くんと美里ちゃん

そして元彼さんに二人が出来ているから関わり過ぎない方が良いと?」

「そういう事ね」

瑠衣がうんうん、と頷く一方、楓は何やら考え事をしていた

「…だとしても、あいつ何処でそんな写真撮ったんだ?
院内だとしても、盗撮にあたるじゃないか」

「…話してたのは、認めるんだ」

瑠衣がボソッと言うと、楓は唸る

「確かに何度か話したことはある
だけど、本当に数えられるほどだ

仮にもし水上さんとデキていたとしても、院内じゃ俺はデレない」

「仮にって何よ、仮にって」

すかさずツッコミを入れる瑠衣

「まあまあ…だけどほら、誤解だって分かって良かったじゃない!ね?」

千尋の笑顔に瑠衣も勢いを失う

「…悪かったわ、一方的に責めたりして」

「いや、僕も悪かったよ。言い過ぎた」

「ふふっ、やーっと仲直りしてくれたね」

千尋が嬉しそうに言うと、タイミング良くケータイが鳴る

「あ、そろそろお昼休憩終わりだわ
瑠衣、楓くん。戻ろっか」

ようやく一件が収まり、三人は職場へと戻った

「…あれ、何か晴れやかな顔してるね瑠衣?」

病室で郁也の点滴のチェックをしていた瑠衣は怪訝な顔で応対する

「あなたの写真、デタラメだったみたいですよ?
…今後、そういうのは辞めた方が良いと思います」

にこっと営業スマイルを置いて瑠衣は病室を去った

「…まあ、これくらい想定内なんだけどね」

作戦が失敗に終わった事を悟った郁也はケータイの画面を開き、どこかへとメッセージを送信した

「俺は意外としつこいタイプだからね

…逃がさないよ、瑠衣」

誰に言うでもなく、郁也は呟く

そして

開いたケータイのフォルダからは、瑠衣の仕事姿が映し出されていた


「…」

一連の様子を壁の向こうから見ていた人物が一人

「…そういう事だったんだ」

新たな歯車が回り始めた頃、本人達の知らないところで次々と運命の歯車は回り始めていた