「………っ」

踵を返して、駆け出すのが精一杯だった。

放課後すぐに教室を出た葵は、屋上にいるであろう小夜を、それでも向かいに行けなかった。

まさか、雨が降り出すとは。

突然の夕立を心の中のようで笑った葵だが、すぐに笑みは引っ込んだ。

ばしゃばしゃと水たまりの泥水を跳ねさせながら身一つで走るのは初めてで、すぐに全身が濡れて冷たくなったからだ。

走りながら、それでも雨でよかったと思った。

雨なら、涙も誤魔化せるから。
雨音で、少しの嗚咽は紛れて消えるから。

制服中に泥がついて、息が切れて立ち止まった瞬間笑いそうになった。

何も面白くないのに、滑稽な自分に笑うしかなくて、でも笑うことが出来なくて、引き攣った声が喉の奥から出た。

「葵!」
「…、大和」

咄嗟に、振り返りかけた体を押しとどめる。
こんな顔見られたら。