「小夜」

遠慮がちな声に振り返って、少し驚いた。

いつも大人しいが実はクールな友人は、自分から人に声をかけることがあまりない。

ましてや、言いにくいが互いに避けている状況の中だというのに。

自分でもそれを自覚しているのか、そっぽを向いてぎこちなさそうな固い表情をしている。

「…どうしたの?」

「……私」

そう口にしてから、とうに一分は過ぎたと思うのだが。

「…あの、葵?」
仕方なく口を開くと、ようやく葵がこちらを見た。

「ごめん。ここだとあれだから」

見ると、かなりの視線が集まっていた。

「分かった。後で、屋上に」

頷いた葵がぱたぱたと駆けていくのを見て、息をつく。

そうして初めて、緊張していたことに気づいた。

(葵に対して緊張するなんて)

離れてしまった距離を実感して、その背中を目で追う自分を嘲った。