chapter1 奇跡の聖女は攫われた


鬱蒼とした深い森。

空の光を通さない木々の隙間を、薄暗い気味の悪さを押し殺しながらずっと奥へ進んでいくと……初めて訪れた者はまず目を疑うだろう。不意に視界を埋めていた木々が消え、ぽっかりと大きな土地が現れる。

そこにはいくつもの建物がある。動力源は見当たらないのに頑丈な石造りのものが多く、この街並みを造り上げた者達はおそらく恐ろしい筋力を持つのだろうと想像できる。

──ここに住むのは、森を守る民、“森人(もりびと)”と呼ばれる者達。

国と言うには心許ないが、街と言える程には確かに文明が存在している。自然の中に密やかに埋もれるように存在するその街は、さながら自然の要塞のようであった。

その中心部に姿を誇示するようにそそり立つ、高い高い塔の、最上階。

まるで人目をはばかるように作られたその部屋で、1人の少女──フェリチタは唇を尖らせていた。


「……いいですか、フェリチタ。人間は残酷な生き物です。彼らは私たちの住処を荒らし、私たちの物を奪いました」

「お母様……それはもう何度も聞いたよ」

フェリチタは眼下に広がる灰色の街並みを窓から見ながらため息をついた。

もうこの場所から何度も何度も眺めたその街並みは、朝焼けの光に水彩絵の具でも零したようにぼんやりと滲んで、少しずつ淡く黄金に染まり始めている。

長く暗い夜が終わって、朝日が昇る時。それはフェリチタの大好きな時間だった。

……でも、大好きなはずなのに。

その色は何故かとてつもない虚無感をもたらすのだ。

(どうしてなんだろう……)