夜の砂浜にいた。
 潮風が頬を撫でる。
 海は満月のせいで、月の色に染まっていた。
『月が綺麗ですね』
 私の隣にいた彼は、そう呟いた。
『私には似合わない夜だよ』
 私はそう返す。
『私に似合うのは新月の闇。明るい満月は似合わない』
 私はそう続ける。
 隣にいた彼は、寂しげに微笑んだ。
 あぁ、これは……

◇◆◆◇◆◆◇

「……夢、か」
 覚醒した私の瞳に映ったのは見慣れた自分の家の天井。

 また、あの夢を見た。

 あれは10年も前の事。
 あの時の彼の言葉の意味を知った今では、あの返事は我ながら馬鹿な答えだったと思う。
 
 あの日、私は初めて海を見た。綺麗な満月の夜で。
 初めての任務を終わらせ、その足で海へと向かった。
 能力をうまく使いこなせていなかった私の手や服には血がべったりとついていて、更に手には人を切った時のあの独特の感覚が残っていた。
 だが不思議と不快感は無く、むしろその感覚は心地良さすら感じられた。
 その感覚はまるで、私がこの闇の世界に向いていると言っているようで、満月が異様な程に眩しかった。
 私の中でも数少ない、幸福な記憶だ。

「はぁ…今何時だっ…け………あ」
 時計の針は目覚まし時計が鳴る時間の一時間前で止まっていた。
「ん?てことは…ぎゃあああああっ!!」
 掛け時計は起きなければならない時間をとうにすぎていた。
 急いで着替えて昨日荷物を詰め込んだ鞄を手に取り、部屋を飛び出した。