ケータイ小説 野いちご

俺、看取り専門、レンタル彼氏。

貴女の最期の夢、叶えます

 



【貴女の最期の夢を叶えます】

【余命宣告された貴女の最期の男になります】

不謹慎だと言われればそうだ。

お金を払ってもらう、いわば契約という形を取るという事では、まさにレンタル彼氏と相違ない。

顧客が【余命幾ばくのない女性のみ】を対象とする、と言う事が違う点だろうか。

本人が望むまで、それこそ命が尽きるまでその女性の彼氏であり続けるのだ。

そして誰かと契約している時には他の者とは契約しない。

契約者だけの【彼氏】でいるのがモットーだ。

家族に秘密で契約する場合は特に注意を払う。契約の痕跡を一切残さないようにしている。

万が一、例えば会っている所がバレても、俺の本業は医者であるので、何とでも言えるのだ。

【もう俺には流す涙などない。】

人の死に鈍感な俺には適職だと、ひっそりとネットで1人してはじめた事業だ。理由(わけ)あって、弟のカズキという名前で行っていた。

俺の名前は村瀬智輝(むらせともき)28歳。 

本業は麻酔科の医師で、いずれは、開業医である父を継ぐ身だ。父と言っても、本当の父ではない。

母子家庭で育った俺は、父親の顔も名前も知らない。貧しさから養育できないと双子の弟一輝(かずき)と2人して、施設に入れられた。

瓜二つの俺たちは、昔から何をするのも一緒でとても仲が良かった。

母は、一緒に暮らせなくてごめんね、お金が貯まったら会いに行くからと、僅かではあるが、毎月俺たち兄弟宛に送金を欠かさなかった。

弟と2人、生きていこうと幼いながらも励まし合って頑張ってきた。

そんな矢先、弟は白血病であっけなくこの世を去った。まだ14歳だった。

弟の死に際し、一生分の涙を流しきった。そう思っていた。

やがて一人遺された俺は、成績優秀だったため、子供のいない医師夫妻が里親となり、施設を去った。

里親である養父母が、実の母の存在を嫌った。

母が出した手紙も、電話も取り次がなかったのだ。

何も知らない俺は弟の死に際しても、何も言ってもこない、会おうともしない実の母を憎んだ。

そして、『弟の一輝を忘れろ、村瀬の人間になったんだ』と言う養父母・・・。

一輝は俺の心に寄り添い、ずっと生きている。姿形は見えなくとも、昔から俺は智輝であり、一輝なのだ。

そう言う思いから、レンタル彼氏【カズキ】は【生まれ】たのだ。


あれから何年たっただろうか・・・?

ある時とある救護施設の職員だという女性から、【看取りのレンタル彼氏】の依頼の電話を受けた。

生活保護で、救護施設に入所している末期ガンの52歳の女性だという。本人の希望で、病院から施設に戻ってきた。その女性の名前を聞いて驚愕した。

春本典子。実の母だ。複雑な気持ちで施設の個室に赴く。

施設の職員はその事を知らないようだし、俺もその事について何も言わなかった。

「働きづめでね、お子さんにも会えずにいるし、恋愛すらもしてなくて。前に子供に会いたい、ってずっと。これを。」

母が昔に俺たち兄弟に出した手紙だった。膨大な数にのぼる。しかも受け取り拒否で戻ってきたものだった。

「ずっと毎月出していて。けど、里親さんから受け取り拒否されて、いつしか出さなくなったけど、ずっと書いていたの。・・・その・・・忘れるまで。」

「忘れた?」
「脳腫瘍が進行して痴呆のような症状が。とにかく会ってください。死期が迫っていて。」

とにかく、俺を必要とする者がいれば会いに行く。私情は挟んではいけない。

「カズキです。はじめまして・・・典子さん。」笑顔でそう挨拶する。

「まあ、とても若くてハンサムな方ね。カズキさんって言うの?どこか遠い昔に聞いたことが・・・。」母に会ってその姿に驚いた。

腰を曲げて、皺だらけだった。抗がん剤で僅かに残された髪は白髪だったからだ。80過ぎの老婆のようだった。若い頃から働きづめで、腰を痛めたというが、懐かしい母の面影は消えてはいなかった。

俺は、実の息子だと気がついていない母の最期の恋人になる・・・。

そしてここにいる智輝ではなくて、母に会えずに亡くなったカズキとして。

恋すらする間もなく、俺たち子供に会えると信じて働いてきた。

肌身離さず、薄汚れた巾着を持っていた。中には離ればなれになった俺たち息子たちからもらった、僅かな手紙が入っていた。

宝物だと、時折それを出してきては、「字がだんだん上達していくのよ、あの子達。わかる?」と俺に、それを得意気に見せてくるのだった。

認知症になり、息子の事はうろ覚えで、まだ施設に入った頃の子供だと認識しているようだ。

「佳子さん(施設の職員)ったらね、可笑しいの。私の子供は28歳になっているなんて。まだ子供なのよ。元気になって施設に早く迎えに行かないと。」

そう言うかと思えば、子供なんていないわ、私はまだ結婚していないわ、まだ16歳だものと言う。

何度も施設の部屋で会っていたのだが、猶予がない。「それよりどこか行きたい所ない?この所体調いいみたいだし、顔色もいいから」

「そう?遊園地に行きたいわ。デートらしいデートもしたことないもの」

「じゃあ、決まり。ちゃんとエスコートするからね」

戸惑う母の皺だらけの手を繋ぎ、園内をゆっくりと見てまわる。高所恐怖症だった母は、観覧車に乗るのが精一杯だった。

奇妙な2人だと、まわりは俺たちに奇異な視線を無遠慮に向けてくる。

昔から、そんな事は慣れっこだ。【彼女を楽しませる事】だけ考えればいい。

経口からの食事の摂取もままならない中、ソフトクリームを買うと美味しいと食べほしてしまった。

子供のように好奇心たっぷりの瞳で、園内の椅子に腰かけて、無邪気に遊ぶ子供たちやカップルたちを見て微笑んでいた。

そして俺にありがとう、貴方のような若くてハンサムな男性とデートしてみたかったわ、と少女のように頬を赤らめて恥ずかしそうに口にした。

「少し疲れたわ。ありがとう」

「どこか痛む?ごめんね、休もう。あそこのベンチに座ろうか。足マッサージしてあげるよ。」

外観が鏡張りの、マジックルームの前にあるベンチに腰かける。

その鏡の前に立つと、映った姿が短足だったり背が極端に小さくなったり、不思議な鏡なのだ。

枯れ枝のように痩せ細った足を揉んでやる。

マッサージしている間、マジックルームに写る姿に、母は「面白いわね。あら?貴方が2人もうつっている。2人も。双子みたい。・・・そんな、まさか」

母は、涙をぼろぼろとこぼしはじめた。

俺も母の足をマッサージしながら枯れたはずの涙を、いつしか流していた。

ぼろぼろと、とめどなく流れる。

「カズキなんかじゃないわ。貴方は智輝よ。母親だもの。顔がそっくりの双子でも見分ける事が出来るもの。ああ、何てこと・・・!」

「母さん、ごめん。俺母さんを誤解していた。」

「いいのよ、私が悪いのよ、智輝ごめんね、弟の一輝の事も。死ぬ間際に貴方に会えて母さんって言ってもらえて幸せだわ。」

母は息も絶え絶えに、俺にもたれかかる。

「最期を息子にそして、恋人に看取られるなんて最高だわ。」

「金をもらって契約する看取りの彼氏なんて最低かな?母さん。」

「そんなことないわ。愛を与える仕事なんだもの。智輝、知ってて受けてくれたのね。ありがとう。愛してるわ」

「俺もだよ、母さん。こっちこそありがとう」

「もうすぐ一輝に会えるわ。許してくれるかしら」

「当たり前じゃないか。俺は一輝でもあるんだ。俺たち二人で一つなんだ。母さん・・・。幸せだったの?こんな・・・」

「こんな最期をくれるなんて、幸せよ。看取りの彼氏さん。」

母はゆっくりと俺の胸の中で目を閉じた。穏やかな母の最期だった。

やがて救急車のサイレンの音が、近づいてくるのが耳に入った。それを俺は、ぼんやりと聞いていた。

俺と母の事、【看取りのレンタル彼氏】の副業を知った養父母は何も言わなかった。

俺は今も看取りのレンタル彼氏をしている。しかし、何かが変わった。

俺が死に逝く者に愛を与えているのではない。愛をもらっているのだ。今そんな事がようやくわかった。

逝こうとする【彼女】が今日も俺を待っている。

【完】




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