貴志が甘いラブソングを歌っているのを、
私は横目でちらっとみて、ため息をつく。

拓海が来ていたな。
拓海と話をしたかったな……。

そんな風に思ってしまう自分が嫌だ。
私がそんな風に思っているのに、
彼は私が貴志と一緒にいるのを見ても、
平然とした表情をしていた。
心のどこかで、彼が少しぐらい妬いてくれるんじゃないかって、
そんなことを期待してたのに、
彼は全然いつも通りで、普通で……。
やっぱり彼は私には興味がないんだろうか、
そう思ったりする。

「……佳代?」
ふと貴志が私の名前を呼ぶ。
はっと気づいた瞬間、彼の顔がすぐそばにあって、

次の瞬間、彼の顔がもっと近づいてくるから、
慌てて、私は目の前のカラオケの曲集をつかんで、

「私、何か歌おうかな!」
そう言って、慌てて彼との距離を取ってしまう。
一瞬貴志が傷ついたような表情をする、
ああ、またやってしまった、とそう思った。
どうしても彼の気持ちに自分の気持ちを添わせることができない。

……彼と一瞬視線が絡む。
私は彼と視線を合わせていられなくて、思わず視線を下げる。

ふっと、貴志がため息をついて、
「お前さ、俺のことなんて全然好きじゃないんだろう?」
そういきなり私に聞いてくるから、

「え……」
思わず彼の瞳を見つめてしまう。
傷ついたように瞳が揺れるから、
私は何も言えなくなってしまう。

そのまま、彼が私の腕を捕まえて、
強引に私の頤に指先を伸ばす。
ゾクリとする感覚があって、怖くて逃げ出したくなる。

オトコノヒトハ、コワイ。

忘れかけていた、恐怖感が私を嬲る。
思わず身を引きたくなるのを、
彼の傷ついた瞳の色が引き留める。

コワイ、イヤダ。

そんな風に思いながら、私は貴志を傷つけるのが怖くて、
動くことができない。

ゆっくりと彼の唇が近づいてきて、
私はぎゅっと唇を噛みしめるようにして、
その恐怖感に耐える。

あの時の不意打ちのキス以来で、
そうされる、とわかっているのに、
唇が触れようとする瞬間、思わず身を縮めてしまう。
数センチ、彼から距離を取ってしまった。
くっと彼の声が小さく聞こえたような気がして、
その数センチをあっという間に詰められて、
はっと気づいた瞬間には、貪られるように唇を奪われていた。