既に日も暮れて人通りの少なくなった閑静な住宅街を自転車で走り抜けて行く。

東の空からは大きな月が昇りはじめ、辺りの家々の屋根を淡く照らしていた。

この道を通るのは、本日三度目。

父親の経営する病院へ個人的に向かうこと自体今まで殆どなかったのに、まさか昼間自転車で往復した後、夜になって再び向かうことになるなんて思ってもみなかった。…というのが朝霧の本音だった。

だが、何故だろう。

普段なら、面倒ごとは御免だと…。他人の為にこんなことを買って出るようなことはしないのに。

…なのに。

(悪い気はしない…)

不思議と今までにない充実感で満たされていた。


自転車を走らせながら自分の胸元へと視線を移すと、ポケットからひょっこり顔を出している子猫の姿が目に入る。

子猫は前を向いてふわふわの毛を夜風になびかせて気持ちよさそうにしている。

本来なら落ちたら危ないので奥へと押し込める所だが、見かけは子猫でも中身は同級生の辻原だというのだから、ある意味余計な心配かも知れない。

だが、それなりのスピードが出ているので、うっかり落ちようものなら元の姿に戻るどころの話ではなくなるかも知れない。流石にそれは洒落にならないので、

「あまり顔を出し過ぎて落ちるなよ」

とりあえず声を掛けると。

「みゃあ」

こちらを見上げながら素直な返事が返ってくる。


その反応に小さく頷くと、朝霧は緩やかなカーブを曲がり坂道を下って行った。