「そうだ、藤君」

 迎えに来てくれた車の中で、忘れない内にと予定を伝えておく。

「今度の日曜日、新しく入ったひとの歓迎会だから遅くなるね」

「・・・牧野の代わり?」

 後部シートのわたしは、バックミラー越しに目が合った彼に頷く。

「高津さんてひと。由里子さんの知り合いみたいで・・・わたしの二つ上かな」

「・・・高津? 男、それ?」

「うん。ちょっとモデルさんみたいで、果歩ちゃんが大喜び」

「ふぅん・・・」

 相変わらず藤君は気が無さそうに。

「下の名前、なんて言うのそいつ」

「アキラ、だったと思う。高津晶って」

「へぇ・・・そう。牧野の二の舞になんなきゃいーけどな? もう若頭代理に面倒かけんなよ、結城」

 投げ掛けられた視線はいつもより真面目に厳しかった気がして、わたしは申し訳なさげに、「分かってる」と目を伏せた。

 少し下げたウィンドウから心地いい夜風が滑り込んで来る。
 ついこの間まで。セルドォルはずっと同じ風景でいられる気がしていた。今まで変わらずに在ったものが失くなる心許なさ。変化は必然で。同じようには変わっていけない。果歩ちゃんも野乃ちゃんも、きっといつかは。

 わたしはずっとあの場所で。これからも何度も風向きが変わるのを感じながら、セルドォルに居られたらいい。多くの世界を望まないわたしは・・・それでいい。

 居場所が在って。由里子さんがいて、藤君がいて。渉さん、貴方が居れば。世界は満ちる。



 その時のわたしは。欠ける、という在り来たりの摂理(ことわり)をどうしてか、思い描けなかった。
 光があるから、陰も生まれる筈なのに。