「先輩……私……先輩のこと……」





1年の斉藤れいなが、思いつめた顔をして俺のベルトに指をかけている。





れいなの傘に肩を寄せて入っているので、俺の右肩はすでに湿っていた。





通りをすり抜ける車のせいで、れいなの声はすぐにかき消されてしまう。





「何?」





俺がれいなの口元に耳を寄せると、れいなはさらに真っ赤になってうつむいた。





なんだ?




……ああ、腹でも痛くてトイレを探せってことか?





俺は足を止めてれいなをじっと見た。





「……好きです」





水たまりを踏んでいたことに気付いて足をあげた。





やべえ、中まで染みてる。





……ん?





何だって?






「好きって?俺のこと?」

れいなが小さく頷いてからそのままうつむいた。







「ははは……」







れいなは全く笑わない。







あれ、なんなんだ、この感じ?










……まじか?
……まじなのか?
え?
俺だぞ?
久住諒太だぞ。
2年の。
バスケ部の。
……誰かと間違えてねえか?


れいなと初めて会ったのは、今から2か月前。



入学式の翌日だった。




俺の後に続いて電車に飛び乗った1年女子。






ガツン。





うん?ぶつかってねえか?






下り電車だからぎゅうぎゅう詰めではないが朝はそこそこ混んでいる。






俺が振り向くと、折り目のきっちりついた新品のうちの制服を着た女子生徒が、ドアにカバンを挟まれて半泣きになっていた。



サラリーマンのおっさんたちは見て見ぬふりして使えない。
俺は咄嗟にドアの取っ手に指をかけて思い切りこじ開けた。





「ほら、カバン!引けよ!」





半泣きの女子高生が必死にカバンを引き抜こうとするが抜けない。



電車が動き出した。女子高生は慌てている。




俺はカバンを肩にかけ直して、腰を入れてもう一度こじ開けながら女子高生のカバンを力いっぱい引っこ抜いた。





「おー」






サラリーマンのおっさんの感嘆。






おーじゃねえよ。
「うわあ、良かった……ありがとうございます」




涙目の女子高生は俺からカバンを受け取ると胸に抱きしめた。





「けがは?してない?」







「うん」








それが、れいなだった。








それから特に約束したわけではなかったが、同じ電車の同じ車両で顔を会すようになった。





最初は緊張していたれいなだったが、徐々に打ち解けてくるととても良く笑った。





肩に着くかどうかの黒いストレートの髪で、長めの袖の手で前髪を触るのが癖だった。





決して目立つタイプではなかったが、朝、俺を見つけて嬉しそうに笑いかけてくると、やっぱうれしい。




中学時代から特にモテたわけでもないが、友達女子はそれなりにいたので、れいなの存在に俺は特に気に留めることもなく過ごしていた。






そう、完全にノーマークだった。



れいなみたいな子には、生徒会長的な男の方が似合うように勝手に思っていたし、俺にその要素は皆無だ。










バスケ部の友達、慶太と翔太とで、ボールを磨きながらバカなことをだべってるのが俺の1番リラックスできる時だった。





先輩たちから3人の名前をもじって「太い3兄弟」と呼ばれているのも、それはそれで、イイ。





俺はそういうやつなので、告られるという俺史上前代未聞の大事件に狼狽したが、このクラスの女の子がまじな顔して「好きだ」とかって言ってくるのは鳥肌もん。





生きててよかった……レベルの話だ。









そう、俺はめちゃくちゃうれしかったのだ。







でも、こういう事に不慣れな俺はきょどるばかりで、れいなの顔は曇る一方だった。


やべえ、こういう時は何て言うんだ。





「……あの、俺でよければ」





なんか違わねえか?





「不束者ですが……」




ようやく、れいなが笑った。






こうして俺は、棚ぼた感覚満載でカノジョと言うものをゲットしたのだ。





別れ際にラインを交換して、それ以外はいたって普通にいつも通りにバイバイを言った。




特に実感も沸かないままうちに帰り着き、自分の部屋にたどり着くと、俺はそのまま腰を抜かしたのだ。