やらなきゃならないことがたくさんあって良かった。

勉強なんてなくなってしまえ、って今まで何度も思ったけど、今はそれが救いだった。

お知らせ掲示板に書かれる、センター試験まであと何日ってカウントダウン。

毎日が発情期だったナッチでさえ、今は真剣に参考書たちと向き合っていた。

だからなのか。

心なしか……。


「太ったの、分かる?」

「……やっぱり?」

「やっぱり!? いやぁぁぁ!! やっぱり太ったの分かるんだぁ!!」


大きめのカーディガンを羽織ったナッチが、袖で顔を隠した。


「いや。……ちょっと、ほんのちょっとだけだよ」

「目が泳いでますけど」


視線を天井へと逃がすあたしに、ナッチがドスの効いた声が響く。


「この季節ってさー、先輩たちに聞いてたけど、ホントに二つに一つなんだね。
 勉強でのストレスで痩せる派か、太る派か。せめて逆の宗派でいたかった!」


ちょっとだけぷっくりした頬を膨らませて、ナッチが言った。


「いや、むしろ今の方が色っぽい気がするよ。マジで」

「!! お、いいこと言うねぇ、ヤスのくせに!」


会話に入ってきた安川くんに、ナッチは手を上げた。

手を上げただけでは留まらず、その細い身体を叩いていた。

よろけた安川くんは、踏みとどまってこちらを振り返る。


「力強すぎ!余りすぎ!」

「あんだって?」


力が強い、という単語も今のナッチにはNGワードだったらしい。

心の中でメモを取り、二人を眺める。

二人の関係は前よりも近いところにある。

それは友人という枠を越えて、むしろ恋愛という枠さえも越えて…。


「夫婦漫才、的な?二人の会話って、苦楽を共にした熟年夫婦っぽいよね」

「ちょっ…!! 何言ってんだよ、知枝里ちゃん!!」


ぽつりと呟いたあたしに、安川くんが反応した。

ナッチはふんっと鼻を鳴らしただけだった。


「知枝里、パス!こんな奴、相手にしてらんないわっ!」


ナッチは冷たく言い放つと、あたし達を置いて教室を出て行く。


「……ナッチ、最近怒りっぽいよね」

「受験へのストレス、かな?それとも俺のせい…かな?」


隣に立つ安川くんが、小さく頭を掻いた。