クリスマスを目前に控えて、ケンカをした。
「俺さ、もうすぐ死ぬねんで。由佳のいきたいとこ、どこも連れてっていかれへん。やりたいこともなんもさせてやれへん。明日、友だちに誘われてんねやろ?行ってこいよ。」
「なんで?由佳ここにいるもん!健ちゃんとずっと一緒にいるもん!」
こんな始まりだった。
とてもじゃないが些細な痴話喧嘩とは言えない。
由佳は俺の自慢の彼女だ。
優しくて笑顔がいつもキラキラしてて、正直よくモテる。
それなのに俺なんかを選んでくれたとてもいい娘だ。
だけど優しすぎて、由佳は自分の気持ちに嘘をついたり我慢しすぎるところがある。
俺はそんな由佳を見る度に胸が切り裂かれるように痛く、そして自分の不甲斐なさを恨んだ。
街はクリスマス一色。
由佳だったら、もっと楽しい過ごし方があるはずなんだ。
元々お互いの友好関係には干渉しすぎないと決めていた。
だから、明日由佳がどんな男の友だちと遊ぼうが自由なのだ。
なのに俺が昨晩発作を起こしたばっかりに。
「由佳、行ってきって。俺は大丈夫やから。」
「由佳も大丈夫だから健ちゃんと一緒にいる。」
「クリスマス当日は一緒におる約束やったんやから、明日は遊んできーよ。」
どっちも引かず堂々巡りだった。
由佳の俺を気遣う瞳を、直視できなかった。
申し訳なくて、申し訳なくて。
「由佳、俺は次の誕生日むっ...」
強引に口を塞がれた。
キスですら、こんなに切なくなるのはなぜだろう。
由佳は決して積極的なタイプではない。
でも触れ合った唇を離そうとは決してしなかった。
むしろなにかを願うように無我夢中でくちづけし続け、絡め、赤く腫れるんじゃないかと思った。
何分経っただろう。
息を切らした由佳がやっと少し離れた。
そして「言わないで」って弱々しく呟いた。
だけど俺はやめなかった。
「誕生日、迎えられへんねんで。こんなんに由佳を縛っとられん。桜も一緒に見に行けへん。6月の由佳の誕生日も一緒にお祝いしてやれへん。夏の花火大会も海水浴も行けへん。秋の紅葉も見られへん。1年後、初雪の降る中夜空を見上げるなんて夢のまた夢や。」
由佳は俺より3つも年下だ。
今まで付き合ってそんな年の差を感じたことはない。
今までの付き合いに不満だってもちろんない。
ただ、まだまだ生きられるはずの由佳、俺より3年分若い由佳の活動を、俺のせいで制限するのはどうしてもイヤだった。
2月17日、それまでに俺の命火はきっと消える。
「由佳、お前の顔見とると、俺が辛くなんねん。わかってくれや。」
その台詞を吐いた瞬間、由佳の顔色はみるみる曇った。
「健ちゃんのばか!もう知らない!」
由佳はそのまま俺の家を飛び出した。
外は雨が降っていた。
北風に揺れる木々が怒っているように聞こえる。
由佳、傘持ってたっけ。
マフラー、貸してやればよかった。
そう思っても、もう姿は見えず。
小さなファンヒーター1つじゃ、ベッドにうずくまっても、身にこたえる。
由佳がいた時はあったかかったのになんて甘えの出る自分を呆れながら叱咤する。
ゴホッゴホッグッ...
こんな寒い夜に1人で発作はきつい。
でもそれは自分の選んだこと。
由佳、そのまま怒って明日楽しんで、そして近いうちに俺を忘れろ。
ニュースが流星群が近づくと知らせてくる。
もうこの時願うことは決めていた。
12月24日。
クリスマスイヴ。
あれっきり由佳から連絡はない。
淋しさと安心がマーブル模様に渦巻いた。
重たい身体を起こして夕飯を用意しようとした時だった。
「健ちゃ一ん!」
「由佳、ど、どうしたん?」
玄関先で吐息を白くさせながら由佳がぽかんとする。
「帰って、きたんだよ?」
「でも今日は友だちと約束があったやろ?」
「うん、行ったよ一。ランチして遊園地行って一、帰ってきたの。ただいま一。」
「お、おかえり。」
俺はそう言うしかなかった。
由佳は楽しそうに鼻歌を歌いながら当たり前のように台所に立ち、「ごはんまだなんでしょー?健ちゃん1人だとまたカップ麺にするから一。」ってケラケラと笑っている。
その鼻歌が、さっきまでの男友だちとのものなのか、それとも俺の作っているものなのか。
そんなこと、もうどうでもよかった。
俺は不覚にも本当に不覚にも。
情けなく腋からガクガクと崩れ落ち、そして声をあげて泣いた。
慌てて飛んでくる由佳の胸が暖かくて愛しくて、そのまま身を委ねた。
「...たくねぇよ。死にたくない。」
こんなこと、初めて言った、初めて思ったんだ。
由佳は潤ませた目で少し歪んだ顔で精一杯笑って見せた。
「健ちゃん、由佳がいるから大丈夫だよ。」って。
本当に情けないな、俺。
でもやっと作ってないありのままの自分で由佳に向かい合えた気がした。
由佳は俺の期限を否定はしなかった。
だけど「お誕生日、一緒にお祝いしようね。」って、「それまでは一生懸命生きようね」って指切りした。
昨日とは違うとてもさりげないキスだった。
こんな俺でいいのか?その言葉を俺は言えずに飲み込んだ。
そして俺の目の奥を探るように覗き込んだ由佳が一言。
「最期まで一緒にいようね。」って、いつもみたいにキラキラ笑った。
シューシュ一とキッチンからオーブンから呼び出しがかかる。
「あ一、健ちゃんのせいでグラタンこげこげに
なっちゃった一!」
2人で声をあげて笑った。
これでいい。
小さな1日1日を2人で過ごしていければ、それは未来にきっといつか繋がるから。
由佳、きっときっと、俺はつらい思いたくさんさせてまうんやろうけど、許してな。
クリスマスイヴのその日、俺たちは身体を重ねた。
ずっと避けていたことだ。
ゆっくりゆっくり、まるで泡に溶けるように。
「愛してるよ」。
照れくさくて、重くなってしまいそうで言えなかった、それだけの言葉を囁きあった。
泣き疲れて眠る由佳に俺はやっばり謝った。
ごめんな、ごめんな。
だけど、ありがとう。
いっばいいっばい、ありがとう。
俺は、今を生きてゆく。
窓を横切った夜空の流れ星に願った。
由佳の星みたいな笑顔がいつまでも消えませんように。