『え?』


傍まで近寄った矢加部と髭男は思わず目を丸くした。
そこにはユメの姿どころか人影すら見たあらず、へし折れた竹に広げられた羽織が寂しげにかけられていただけだったのだ。


『こいつは一体…』


矢加部と髭男は目を合わせ首をかしげるしかなかった。


闇が混じる冷たい空気が二人をゾクリと撫でて通り抜けていく。




『京の竹林は男を惑わすとは…よう言うたもんや』


突然どこからか甘く風に溶けるような声が響いてきた。


慌てた様子で二人が周りへと視線をはしらせる。

さらに闇を増した竹林がザワザワと騒ぎたてる。


『あ…』


矢加部の目はやっとで、竹にもたれかかるようにして佇むユメを見つけた。


浴衣姿のユメは、今にも闇に溶けてしまいそうに妖しく美しく、されどその表情からは矢加部が知っている無邪気さは全く消えていた。


『そんなところでどうしたんだいユメちゃん。暗くなる前に出ようじゃないか』


矢加部が取り繕うように声をかけるが、ユメはまるでそれが聞こえていないかのようにピクリとも動かない。


よく見ると、その手にはあの隠ノ桜一文字が抜き身で握られていた。


『旦那…何か変だぜ』


ただならぬ気配に、髭男が矢加部を庇うように前に出た瞬間、ユメが突然動きその姿をくらませた。


『おい!!』


髭男の声がこだます中、鬱蒼とした竹林がまるで意志を持ったかのように蠢いた。