「あいつに近づいたら呪われそうだよな」

歩道橋を渡っていると聞こえた声。
周りに誰かいただろうか。
しかし、辺りを見回しても誰もいない。
唯一、視界に映ったのはひらりと舞う一匹の黒い蝶。
蝶が喋るわけないのに、何故か気になってしまう。
蝶を追いかけていくと、
「ここ…どこ?」
全く知らない場所にいた。
田んぼや畑に囲まれ、小さい家が数軒あるだけ。
いつの間にか蝶も見失ってしまった。
どうすることも出来ず立ち尽くす。
「君、この辺りでは見ない子だね。迷ったのかな?」
いつからいたのか長身で細身の青年が立っていた。
私と同じ蒼色の瞳が印象的だ。
カッコイイな…ってそうじゃなくて!
「あの…此処は?」
「此処は比良坂村。自分を見失った者が辿り着く場所」
比良坂村?聞いたことないけど…それに最後のほうは声が小さくて聞こえなかった。
「どうやったら帰れますか?」
とりあえず早く帰るに越したことはない。
「あの森にトンネルがある。そこを通って行けば帰れるよ」
「ありがとうございます!」
私は帰り道を教えてくれた青年に頭を下げて歩き出した。
「ちょっと待って」
思わず肩を震わせた。
手首を掴まれたからというのもあるが、何よりその手がとても冷たいことに驚いた。
「トンネルの手前に小屋がある。そこには入るな。もし追いかけられたら全力で走るんだ。それから決して後ろを振り向いてはいけない。これだけは絶対守って」
「わかりました」
もう一度お礼を言って私は駆け出した。
「…無益なものになってしまうからね」
青年が何か言っていることにも気付かず。

「もう少しで…」