“回顧録”







一度だけ

本物の魔に逢ったことがある



父親と夕飯の材料を買いに行った

その帰り道のことだった

闇が起き上がる前の

真っ赤な目覚めの刻限

幻影のように浮かび上がる町の片隅に

ぽつんとその美しい生き物はいた



魔はほんの小さな少年の姿をしていた

かたや父親に手を引かれ

かたや凄絶な美しさでもって

立ち尽くすのみ



すれ違っただけだったが

目が合った瞬間、確信した



こいつは魔だと

本能が訴えていた



殺される、と思った



しかし、魔はこちらを見て

笑っただけだった




妖艶と無邪気に引き裂かれた

禍々しくも哀しい笑み



魔は桃色の唇のあでやかな余韻を残して

振り返った時にはすでに消えていた






切れ長の澄んだ瞳が今も

脳裏に焼きついて離れない