1古代の風より。1


2014年……………
北の国。
…県…蓬莱郡…線…
大島駅に三人が降り立ち、改札を抜けた時には陽は既に落ちかけていた。
三人とも同じ白の作務衣を着ている。手にはそれぞれボストンバッグ一つ。一人は女。その女が横に並んだ男に声を掛けた。
「水無君、時間は?」
「はい、次のバスが和壁村最終便で19時5分です」
「そう…まだ1時間はあるわね。先生、如何します?…今の内に食事を済ましますか?」
駅の前は広場になっていて、対角に「食事」の看板が見える。
「先方で宿は用意して貰えますが、向こうに着いた時点で何があるか分かりませんから……」

先生…と呼ばれた男…背は高く、女は見上げて返事を待った。
「そうだな…中山君……」
女の名前は中山京子。
「中山君…私はここにいるから」
「はい。すぐに戻ります」
中山はその答えが前もって分かっていたかの様に頷き、「先生」に背を向けた。
先生……この人が食事をしている姿を見た者はいない。

先生、と呼ばれた男は何処を見るでもなくその場に立ち尽くしている。
長い髪を後ろで束ね、肩まで垂らした髪の色は少し赤みがかっている。黄金色の夕陽を浴びた彫りの深い横顔は、誰が見ても「異国の人」を思わせる。
鼻梁高く、眉は両端がこめかみまで濃く伸び、目の色は漆黒の闇を連想させ、この異相を一度見たら忘れる人はいないだろう。
「船の水」教団の唐木真司である。
唐木は…ただ、見ていた。これから自分達の行くであろう場所の空の色を……

今日。
教団の支援者でもある、池端六郎が教団に連絡を入れたのは、夜も明けようとしていた頃だった。
池端の家は明治に建てられ、今日まで二度の改修を行ってきたが、家の基礎の腐敗が酷く、もう建て直すしかないとの建設会社の住宅診断だった。

そして家を解体して古い基礎を取り除き、整地の工事を行っていた時に、直径30cmの杉の朽ちた柱が出てきて、取り除こうとしたが意外に深く、2m掘った所が柱の底だった。その柱の周りに骨が散乱していた。頭蓋骨から想像するに、素人目にも人骨と思えるものだった。
ただ近年に埋められたものではないのは明らかで、鑑識の報告を受けた警察も事件性無しの判断を下し、後は学術的な問題と、役所と建設会社、家主の問題になる。

………が、骨の他には……例えば埋葬品と思われる物などはなく、古墳(歴史に登場する様な墳墓)、ではないとの判断が下り、家主と人骨の関連も否定され、骨は役所で所定の手続きをして、埋葬するばかりとなり、後は工事の再開は家主の判断に任される事になった。
家の下の土中から出た朽ちた柱は池端が保管していた。

家主……つまり、池端六郎は……「工事を進めて良い」、と言われても「人として」逡巡するのは宜なるかな、である。これまで住んでいた家の下に人骨があり、これまでは知らないから住めたものの、これからはそうはいかない。
かと言って先祖から代々「ここを」引き継いできたのに、自分の代で引き払うわけにもいかない。

悩んだ……一日……二日……
結論を出さなければならない。
池端六郎家族は親戚の持ち家の空き家に仮住まいしていた。そして三日目の夜……

……池端は夢を見た。
暗闇の中を風が吹き、その中を歩いている。そして目が覚めた。真夜中の事である。
……夢か……また…目を瞑る。
そして夢の続きを見る。暗闇に風が吹き、その中を歩く。
行く手に何かが見え、更に近付いて行く…暗闇の中で池端が見た物は黒い棺だった。暗闇の中でも尚黒く、それは闇に浮いていた。

目が覚めた時には窓のカーテンの隙間から僅かに光が見え、
「夜が明けた」
、知らずに、口からその言葉が漏れていた。

この夢を三日続けて見た。
三日目の夜明け、鏡をみたら自分の顔の輪郭が「ズレ」て見え、「気の所為」…と思い込もうとしたが、「じいっと」見ていると、そのズレた輪郭が徐々に動き出し、誰かの顔が自分の頭の背後からこちらを覗き込もうとしているのが鏡の中に見えた……
その顔は徐々にまた自分の頭の後ろに戻り、重なっていった。
悪い予感がした。

池端六郎は「船の水」教団の支援者ではあるが修行者ではない。これまでにも霊的な体験は一度もない。しかし、自分の周りで何かが起きるのではないか……それを本能が知らせている。そう思った。

人骨の出た場所はお祓いはしているが、何か起こるかも知れない。
その時唐木真司の顔が浮かび教団に連絡した。
受話器を取ったのは中山京子だったが中山は唐木から夜明けに、
「池端から連絡があるかも知れない」と、言われていた。

中山から事情を聞いた唐木は、
「池端さんに今から行くから、と言いなさい。水無にも支度する様に」
「はい」
三人は夜も明け、暫く経った頃に教団を後にした。