「……なんでここに?」
「なんでって……お前…、はぁ。」
呆れたような、怒ったような複雑な表情で大げさにため息をつかれた。
ため息をつかれるようなことを言った覚えはない。
いつもなら青筋モノだが、この状況だ。青筋を立てる労力さえ惜しい。
ちらりと見上げたクソガキの表情はかなり複雑で、こいつ意外に器用だなとか冷静に考えている自分がおかしかった。




「もういい。帰るぞ。」
「え、だって……アトラクションは?群がってた子達と遊ばなくていいの?」
「……お前だって、日頃から面倒は嫌だと言っていただろう。」
ちらりと視線をやるクソガキの目線の先には、地面に転がってピクリとも動かない男たち。
3人まとめて一気に地面に転がしたクソガキにわずかに戦慄を覚えた。いや、もともと剣をもっていた時点でそういったことに秀でているのは当たり前なんだろうが……
というか、ピクリとも動かないんだけど!?


「まさか」
「殺してはいないぞ。」
「あっそ。」



まぁ本当に殺したとは思っていないが、万が一ということもある。
人殺しの面倒なんてさすがに私も見ることはできない。
その場合は警察に熨斗をつけて強制出頭させるが。
ところでなんでこのクソガキは不機嫌なのか。眉間のしわがよりによっている。
こっちだっていろいろありすぎて混乱している。勘弁してほしい。
はたと周りを見渡せば、かなり騒がしくなっていた。
ああ、もう、自分でもびっくりするくらい思考が散漫になっていていつもみたいに考えられないじゃないか!
思考回路はショート寸前ですよ!!!!
キレ気味に混乱していると、視界が不自然に揺れた。



「いつまで呆けているつもりだ、お前は。さっさとずらかるぞ。」
「……?………っ!?…おろっ…!!」
「暴れるなよ?暴れたら放り投げるからな。」
ぎくりと体をこわばらせる。声が本気だ。放り投げられたら、地面にたたきつけられる衝撃でお口からリバース100%の自信がある。
だからってだからって!! 抱き上げることはないだろうが!!!!しかも片手だ。どこにそんな力があるのか。
恥ずかしくて死ねそうだ。クソガキの肩に巻きつくように顔を押し付けた。
視界を隠して敏感になった聴覚は、あちこちで上がっている黄色い悲鳴をばっちりキャッチして、ますます体が熱くなる。屈辱だ。



いや、もう、穴を掘って埋めてほしい。
途中で髪が邪魔だとか言われた時には、全力でかき集めましたとも、ええ。
クソガキが少し笑ったような気がしたが、こっちはそれどころではない。
どうやら走っているようで、私を抱えていないかのように軽やかに走っている。


しかもクソガキなりの気遣いなのか、振動があまり伝わってこない。
私の胃袋に非常に優しい走り方をしていた。
もしかして顔がいいだけの残念王子じゃなく、こいつはかなりハイスペックなのかもしれない。
いや、だとしてもクソガキなことに変わりはないけど。
そんなことをとりとめもなく考えているうちに、アミューズメントパークのゲートにたどり着いていた。





え、ちょ、私たちがいたエリアって確かゲートから一番遠かったはずですけど





「…降りる。」
さすがに抱きかかえられたままゲートを出る気はない。
今でも十分悪目立ちしているというのに、このまま外に出ると考えただけで胃がきりきりと痛む。クソガキが走るのを止めた。
息が切れていないとか、こいつ化け物だろうか。



「足、痛むんだろう?歩けるのか。」
その一言にびっくりして、素早く上体を起こして自分の手をクソガキの額に当てる。
外に出て刺激が強すぎたせいでおかしくなっているんじゃないだろうな。
こいつの保険証ないのに病院に連れてなんていけない。
くそ、と思っていると手が叩き落とされた。



「何するの、」
「お前は俺をなんだと思っている。俺だって心配するくらいの心は持ち合わせている。」
ぎろりと睨みながらも、そっと地面に降ろしてくれた。
上手く足に力が入らずによろけた体を、クソガキが支える。
「あ、りがとう。」
「……感謝の言葉を知っていたのか。」
「ああ?そっちこそ私をなんだと思っていやがる。」
軽い肘鉄をくらわせると、ぶふっと吹き出す音が頭上で聞こえた。
「あっはっはっは!!はははははっひー!」
ひー!って。
睨み揚げると、目に涙を浮かべながら笑っているクソガキが。


「……何がそんなにおかしいのさ。ほら、タクシー拾って帰るよ。」
「あ、あ。……ぶふっ!」



なんだこいつ。
笑い上戸なのか、めんどくさ。
笑ながらもしっかり体を支えてくれる腕を存分に使いながら、なんとかタクシーを拾う。


大笑いしながら乗り込んでくる客に、タクシーの運ちゃんは厄介な奴らが乗ってきたと、大変迷惑そうにしていた。愛想笑いでごまかした。
ったく、なんで私がこんなに気まずい気にならなくちゃいけない。いい加減にしろ。
そんな意味を込めて小突くと、意図が伝わったのか必死に笑いおさめようを痙攣すること数分。その間に、気分が悪かったのも大分治まった。
「やっとおさまったか…。しつこいったらないね。」
「……お前こそさっきまではそこらの女と変わりなかったのにな。ちょっと元気になるとすぐこれだ。」
「ああ?誰にモノ言ってやがる。」
「………悪かった。」
「は?」
「だから!悪かったと言っている。」
ふん、とそっぽを向くクソガキの耳は真っ赤になっている。


ああもう、なにこれ。っていうか可愛くないし。


「なんなのさ……。あほくさ」
「っ!!だいたいっお前が悪いんだろう!!!!体調が悪いなら悪いとさっさと言えばよかったんだ!!この強情女!!!!!!!」
ぐりん、とものすごい勢いで振り向いたかと思うと肩で息をするくらいの力を込めて言い放たれた言葉に、今度こそ口をあんぐり開けて思考が停止した。
「お前はいつもそうだ!いつもいつもいつも……!結局何ひとつ俺には言わないんだ!」
え、え、え、ちょ、ちょっと待て?
なんか外国語が聞こえるような気がする。
何がどうなってそんな言葉が出てくるのか。
ぽかんとしていると、苦々しい顔をして睨まれた。
いや、睨まれてもさっぱりわからん。




「あのぉ~お客さん、つきましたけど……」
「あ、はい。」
申し訳なさそうな運ちゃんに心の中で謝りながら、料金を払って外に出るとクソガキがびったりとくっついて体を支えてくれる。
いや、暑苦しいんですけど。




眉間にしわを寄せたまま黙り込んだクソガキを放置することにする。
4階にある自宅へはいつもは健康のために階段を使うが、今日はさすがに自重してエレベーターに乗りこんだ。
エレベーターを待っている時間がもったいないと思うのは、短気だろうか。
ポーンと間の抜けた音でドアが開く。


















「……誰だよ……」