「おい、あれは何だ。」
「............。」
「おい、これはどうやって使うんだ。」
「.............。」
「おい、腹が減った。食事を出せ。」
「..............。」
「おい、このもふもふした珍妙な.....」
「〜〜〜っ‼︎‼︎さっきからうっさいのよ‼︎‼︎‼︎少しはその無駄に開いてばかりの口を閉じてらんないの⁉︎大体男のくせに喋りすぎなのよ‼︎‼︎‼︎」


こっちは持ち帰ってきた仕事をしてるってのに、空気読めよ‼︎
パソコンと死闘を繰り広げているのに、最近居候(ヒモともいえる)を始めたこいつには遊んでいるように見えるらしい。

髪を振り乱しながら、多分、ヒトサマには放送規制のかかる顔で睨み付けると、あいつもこちらを真っ赤な顔で怒っていた。

「貴様っ…!何度言ったらその無礼な口のきき方を正すんだ⁈
俺はシュテンヒルゲン国第5王子、アシュベルだぞ!
くそっ、今日という今日は我が愛刀で叩き斬ってくれるっ!」
「ああん⁉︎何言ってやがるこのクソガキが‼︎この日本じゃテメェには金も権力も名声も何もないただのグズだって何回言ったらそのスッカラカンの下らないプライドしかない脳みそに記憶されるんだよ‼︎今日こそ己の立場をわきまえさせてやるっ‼︎‼︎」


そう、目の前に立つクソガキ……もとい王子様は日本とは異なる世界から逆トリップしてきたトリッパーなのだ。
出会いは数日前、仕事から帰ってきたら私の借りているアパートの前でぶっ倒れているのを見つけた。
親切な私は、すぐに駆け寄って人命救助その①「大丈夫ですか⁈」をマニュアル通り行うと、すぐに目を覚ました。


そしてこのザマよ。

あの日、あの時間に家に帰り付かなければ、親切心を出して人名救助なんてしなければ、1泊の宿をと泣き落としに屈しなければと何度思ったことか。


こうしてリッパな「ヒモ」が数日にして出来上がってしまった。
あの時の自分の行動が悔やまれる。


「たまこっ!這いつくばって許しをこうんだったら許してやらんこともないぞ」

魔法で収納空間から取り出した白い愛刀の鞘を抜きながら、ニヤニヤとにじり寄ってくる。
この笑みは自分が絶対有利と信じて疑わない者の笑みだ。剣を握ると強くなった様な気でもするんだろうか。

時に、燃えるような怒りを通り越した人は、極寒の怒りが湧き上がるのをご存知だろうか。そんなわけで、あっという間に第二形態発動します。
椅子から音も無く立ち上がって奴と向かい合う。もちろん仁王立ち、腕は組んで威圧感を放出。

「だぁれが珠子だってぇ?珠子サン、だろぉがクソガキ。」
「お前ごときに何故敬称をつけねばらなんのだ!だいたいお前だって俺のことちゃんと呼んだためしはっ.....!」
「ま、いいさ。気にくわないっつうんだったらさっさとここから出ていきな。
クソガキがとこぞで野垂れ死のうと 知ったこっちゃないんだよ。
こっちの世界の事なーんにも知らない坊ちゃんなんて、どこぞのチンピラにかどわかされてモノ好きに売られるか薬漬けにされるかだろうがな。
私にはクソガキを養う義理はないんだ。」
「くっ....!ひっ卑怯だぞ‼︎お前には血も涙もないのかっ!」


売られる云々はもちろん軽いジョークだが、こいつには効果があるらしい。
それにしても、先に真剣を出して脅しているやつが何を言ってるんだか。バカかこいつ。


「見ず知らずのクソガキを家に置いてやってる恩ある家主に、剣を向ける恥知らずが何寝ぼけたこと言ってやがる。」


そこで言葉をきって、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべると「ヒッ」とクソガキが後ずさる。

「まあ、あんたの言葉を借りれば?
這いつくばって許しをこうなら、考え直さないこともないけどね?」

ああ、絶対的有利な状況で攻めることができるってクセになりそう。
ま、この勝負最初から勝敗は見えているのだが。



「……!…‼︎」

坊やは屈辱に顔を赤くしたり青くしたり忙しくしながら、すごい勢いで押入れに滑り込んで立てこもった。
初日に立てこもられたのはトイレだったため、ガチギレした私に世にも恐ろしい目に遭わされたのでそれ以降は押入れに立てこもるようになった。
素直なのか考えなしなのか、よくわからん。



「ったく……これだからガキは嫌い。」



自慢の長い黒髪を背中に流しながら、またパソコンに向かう。
ちなみにクソガキとはそんなに年齢的に離れていない。クソガキと呼ぶのは、精神年齢が小学生レベルだからだ。


「ああ、もう。ほらクソガキ!そっから出てきな‼︎カビが生えたらどうしてくれる‼︎」

こうしてほぼ毎日喧嘩を吹っかけられても、放っておけない私も大概お人好しだと思う。
逆トリップ……ああ、もうめんどいから逆トリでいいや。
逆トリも楽じゃないわ。


私、珠子とクソガキアシュベルの生活はまだまだ続きそうだ。