「お疲れー」

「お疲れ、乾杯」





ホテルからほど近い、小料理屋に葵は久美と来ていた。週に3日、夜のバイトに行って、バイトがない日は早く帰って体を休めていたので、こうして飲みに行くのは久し振りであった。一口飲むと、悩みが吹き飛ぶほど、美味しく、身体の力を抜いて脱力してしまった。





「どれくらい振りかな? こうして飲むの」

「新年会以来?」

「で、どうした? ……言いにくいことは言わなくていいから」





久美はいつも気遣う言葉を葵にかけていた。人の変化を敏感に察し、いつでも気遣いを見せる。同期の中でも一番の相談相手であり、ライバルでもある。お互いにスキルアップに余念がなく、いい情報を教え合うも、自分を我先に売り込むことも忘れない。こうした仲間がいるからこそ、向上心も薄れずに働くことができるのだと葵は思っている。





「ん、実はさ、お見合いしたの。それでその相手と結婚することになった」

「ぐふっ!……いつ、どこで、だれと! あたしを出しぬいて!」



葵の告白は、久美が想像していた先を行っていたようで、口に入れた酒を噴き出してしまった。





「やだ、英語の勉強みたいな質問しないでよ」





葵は口からお酒をこぼした久美のテーブルをおしぼりで拭いた。





「彼氏なんてかなり長いこといなかった葵が、突然結婚、しかも見合いって」

 「相手は、35歳のサラリーマン。ちょっと役職が付いている人。顔はまあまあ、背は高い、180はあるかなあ」





 人差し指を顎にあて、仁の姿を思い浮かべるように首を傾げた。





 「何で急に……仕事は? 辞めないよね?」

 「辞めないよ、だって仕事、楽しいもん」

 「なんだ、辞めないの? 私が広報部の地位を確立できたのに」

 「これこれ、辞めてほしくない口調で言っておきながら、落とすわね」





 久美と葵は広報部で、丁度良い位置にいる。仕事もそつなくこなして、お茶やコピーとりなどは後輩にやらせればいいのだ。先輩はどんどん結婚退職をし、今、広報部に残っている女性は二人の先輩だけだ。だから、とても居心地がよい。

27才になると、後輩も出来るし、女の上司は結婚退職か、おめでたで退職して行く。広報部は時間も不規則になりがちで、家庭と仕事の両立が難しいのかもしれない。

二人は、時間に余裕があると、東京駅に行き、案内図を暗記して、東京観光案内所に行き、かたっぱしからパンフレットを集めて、勉強をしていた。日々変わる情報は、ついて行くだけでも大変だ。その他にも、知識として役に立ちそうなことは、情報を共有しあっていたのだ。