香と二人で暮らして三日目だ。
資金が危なくなってきたので母に貰いに行くことにした。香にはいつ電話が来てもいいように留守番してもらっている。
母は今、郡山夫妻の家に避難しているらしい。郡山夫妻は仲睦まじい夫婦だ。たしか40代だったと思う。
インターホンを押して「すみませーん」と大きめの声で言った

「時和ですー」
「え?…寧ちゃん?」
「あ、お母さん。お金ください」
「あら大変!連絡入れてよねっ…」

母はバタバタと走って玄関を開けてくれた。郡山夫妻は買い物中らしい。
実を言うと『母』とは男なのだ。父である。実の母は考古科学者で、地下探検に行って災害にあい、父が見たところ白骨化しかけた左手しかなかったらしい。その左手には結婚指輪が大事に握られていたと父からは聞いた。父子家庭で私と兄を育ててくれた母には文句なんて言えやしないのだ

「お母さん、久しぶり」
「そうね、久しぶり。二万で足りるかしら…」
「多すぎるくらいや…」
「んまあいいわ、持って行って頂戴」
「あ、ありがとうお母さん」

札を2枚受け取り、鞄に入れた。母は私を微笑みながら撫でくりまわして顔をあげて明るい笑顔を飛ばした

「あっ綾人くーん!おかえりなさい!」
「あ、…ただいまッス」

振り返って『綾人くん』と呼ばれた男の子を見た。私より年上、多分高校生の男の子だ。かなり背が高い。母よりは小さいが自分よりは高い。『綾人くん』は私を見下げ、抱き上げた

「わっ」
「お前…何年生?」
「小学生じゃないんで。」
「マジかよ。世も末だな」
「うふふ、綾人くん、その子はアタシの娘よ?」
「マジスか。お前、名前は?」
「時和寧です」
「ねい?珍しい名前だな。俺は郡山綾人。あやと、な」
「アタシは時和尚子ね、ナオコ!」
「解ってるよお母さん。…綾人…さん、お母さんの本名は尚(なお)ですから」
「そうか。で、お前もうちに住むのか?」
「いや、う、私は友人の家にい」
「ちょ、本名はやめなさいよ!ほら、気をつけて帰りなさい!」
「お母さん…、ふふ、またね、バイバイ」
「はいバイバイ」

綾人と母に手を振られ、ゆったり帰った。しかし帰り道、郡山家の玄関に携帯を置いてきてしまったのに気づき、引き返したが途中で綾人が携帯を持ってきてくれた。

「あっ、綾人さん…!」
「おう…忘れもん。」
「ありがとうございます!」
「気にすんな。…気をつけとけよ」
「はい!」
「…また来い。今度は茶くらい出してやる」
「…! はいっ」

綾人に髪をなでられ、笑ってから踵を返した。