「王太子妃となるイネス様の祖国からやってきた枢機卿の受け入れを拒否し、凍死させたとあっては外聞が悪い。国外ならまだしも、国民が黙っていないだろう。この国では、どんな者であっても凍死させないという暗黙のルールがある。破れば、王族の人気は地に落ちるだろうな」

「その通りです」

「つまりガルニール卿は、わたくしが乙女であるうちに殺すためにここへ来る……ということですの?」

「ええ。おそらく、ゼヴィン総司令官も同じような推測をするでしょう。以前、そのような話を聞きましたから」

「そう、か」

 さまざまな感情を整理するように、キリルが深いため息を吐く。
 それから彼は立ち上がると、イネスに対して腰を折った。

 深々と頭を下げる未来の夫に、イネスは焦る。
 しどろもどろになって「やめてください」「頭を上げて」と言った彼女に、キリルは頭を振って拒否した。

「申し訳ない。嫉妬にかられ、私はとんでもない勘違いをしてあなたを一方的に責めた。愛想を尽かされても仕方がない。こんな私とは結婚したくないというのなら受け入れるし、もしもまだわずかばかりでも愛情が残っているのなら、生涯をかけて償わせてもらう」

 ピケはキリルの言葉に引いた。
 だって、たった一度の過ちを生涯かけて償うとか、重すぎるだろう。
 でもちょっとだけ、羨ましいと思ったのも事実だ。
 強い気持ちを持てるキリルが羨ましい。ピケにはまだ、そんな経験がないから。