夏生が作ってくれたおかゆは本当に美味しかった。

「卵がさ、片手で割れなくて。だから、入れられなかった」

ごめんな、と申し訳なさそうに言って差し出されたおかゆには梅干しがひとつ入っていた。

それでも、片手でこれを作るのはどんなに大変だっただろう。
夏生の三角巾で吊られた右腕を見ながら思った。

「じゃあ今から引っ越しだな」

私がおかゆを食べ終えると、夏生は私が今まで使っていた北側の部屋から枕を持ってきて、自分の部屋に運んだ。

リビングの手前にある夏生の部屋は、はじめて来た日にちらっと見ただけで、入るのははじめてだった。

東向きのせいか、私が使っていた部屋に比べるとずいぶん温かいし、エアコンもついている。

パソコンデスクとたくさんの本や雑誌が無造作に置かれたシルバーのラック、それにダブルサイズのベッドが置いてあった。

「ベッドおっきいね」

「俺、寝相悪いからシングルだと落ちるんだよな」

「私のこと、蹴ったりしない?」

「寒い時期はあんまり動かないから大丈夫。けどもし夜中、蹴りそうになったらよけて」

「そんな無茶な……」

「忍者のように常に気を感じていればよけれるって」

話しながら、夏生はグレーの枕の横に私の枕を並べて布団をめくる。

「はい、じゃあ大人しくして寝てなさい」

「おじゃまします」

夏生の布団に潜り込む。
ホワイトムスクのいい香りがした。
夏生の匂いだった。

この布団でこれから毎日夏生と寝るのかと思うと、少し下がった熱がまたぶり返しそうだった。

「さっきいっぱい寝たから寝られないよ」

寝られない理由はそれだけじゃないけど。

「じゃあ、一緒にネットでも見る?」

夏生はタブレットを持ってくると、布団をめくって私の右側に仰向けで寝転んだ。

そして、子どもの頃に夢中で見ていたアニメの動画を検索して見せてくれた。

アニメはとても懐かしくて面白かったけれど、私はすぐ隣に夏生がいることに緊張してしまって話がよくわからなかった。

「眠くなったら寝ろよ」

夏生が言う。

「俺、ここにいるなら、なんかほしいものあったら言えよ」

右側に感じる温かいぬくもり。
夏生の香り。

うん、と返事をして目を閉じた。
愛はプライスレス、と喜多さんが言ったことを何故か思い出した。