「おねーちゃーん!今日の最高気温昨日より5℃も上がってるー!」
「えー!まじ?? せっかくお手伝いが休みだからうろちょろしようと思ってたのにー!」

 朝から悪い知らせだ。
 小学校の夏休みに入ったばかりの弟の力によると、全国的に猛暑日で、今日はとっても死にそうに暑いらしい。

「わーいわーい!!」
「力、何ワクワクしてるの?」
「今日は、プール行くんだよ!絶対気持ちいいー!」

『ふ、まだ小学生だな。 力、いつかわかるよ。このだるさを。』

 愛は、ウサギのように飛び跳ね、目をキラキラさせた力に、こんな冷めたことを思いながら、視線をおくった。

「わー!かわいい猫ちゃんでちゅね〜」
 『………ん??』

 奥から聞こえたお母さんの言葉に、昨日の事を思い出す。
 愛はお母さんの声の方に駆けた。

『猫って、まさか……』

「愛、みてよー!雪みたいに白い猫。 この子は雪ちゃんね!」

 案の定、昨日の白猫だ。
 動物好きのお母さんは、この愛想のいい白猫が泥棒猫だとは思わないだろう。
 勝手に名前まで付けている。

 白猫は私を見つめると、ついて来いと言わんばかりにゆっくりと道に出た。

「お母さん、ちょっと出かけてくるね。」

 私はかばんの中に黑書なる物を入れ、白猫についていった。
 
 しばらく歩くとあの神社に着いた。
 改めて歩くと、こんな所にあったのだ、と新鮮な気持ちになる。

 神社の大きな木陰に、昨日と同じ服の優がしゃがんでいた。

「よう、女。黑書を持ってきたようだな。」

 ず、図星だ…

「な、何でわかるのよ。それより、私にはちゃんと名前があるの、『女』なんて呼ばないで!』

 昨日のことがあって、何となくムキになってしまう。

「俺は神社の息子だからな、黑書の気配なんてすぐわかる。 あと、お前の名前なんてどうでもいいわ、俺は黑書が欲しいだけなんでね』
 
 そういうと、言い返す間もないうちに私に襲いかかった。

「ち、ちょっと待って!優、あんたがこの黑書が欲しいのは分かったから、だから……」
「…ん?」
「顔に近づくのはやめんかー!!」

パシーンッ

 早くも優の扱い方が雑になってきたところで、何で黑書が欲しいのか聞く必要があった。
 珍しい本だし、あげたくはないけど持っている必要もない。
 でも聞かないと納得できない。

 ふらつく優は、しゃがみこみ、だるそうに黑書について説明した。

「これは〜、持っておくことで、自分がもともと持っていた才能を引き出して、使うことができんだよ。」
「へー、この本にそんな力が…。って言っても、私、この本持って何にも変わったことない!」
「いかにも。お前、才能がねーんだよ。」

パシーンッ

 今の一言で私は、黑書を自分で持っていこうと決めた。
 結構前から思ってたけど、いちいち失礼すぎる! 
 女の子の扱い方ってものを知らないのよ!
 まぁ、私も扱い方が雑になってきたけどね。
 頬を赤くした優が、嫌味のように話を続けた。

「やっぱり、俺の勘違いだったか。全然ちげーよな。お前ほんとに女か?」

 立ち上がった優は、意味のわからないことを言っている。

「何が??いみわかんないんですけどー」
「俺が嫌いな女に顔が似てたから…でも、全然ちげぇ。」
 
 それは、まるで“昔好きだった女”と言っているように聞こえた。
 なんとなく、目が切ないかんじに感じたのは、勘違いかな…。
 ちょっとむかついたけど、怒る気にはなれない。

「その人、どんな人だったの…」
「………」

 優は顔を背け、何かを見つめていた。
 きっと、私がでしゃばって聞いちゃいけないんだ。
 それは、優の背中がそう言っている。
 いつか、教えてもらえばいいよね……。

「…ま、いいよ! とりあえず、黑書は私が持っとくから! じゃあね!」

 もう、優には何も聞いてはいけないんだ。
 帰ろうと背を向けようとした時だった。

「月、逃げろ!」

『え…、今、ルナって……』

 優は私の目を見つめ、私とは違う誰かの名前を呼んだ。
 きっと、私の事を呼んだつもりなんだろう。
 頭でわかっていても、体はついていかなかった。

「……」

 いつの間にか後ろには光がいた。
 無言で黑書の入ったかばんを掴んでいる。

「やめろ!!」

 優は私に駆け寄り、片腕で私を強く抱きしめた。

「これは俺の女なんだよ、手ぇ出すな。」
「勘違いするな。別にお前の女に興味があるわけではない。私は、黑書を手に入れようとしたまで。 優の女って言っても、今、叫んだのは違う女の名前なんだろう?その女の顔がそう言っている」
「…………うるっせぇ!お前には関係ないわ」

 そう言うと、今度は私の手を握り全速力で駆けていった。
 光は、黑書を狙っているんだ。
 それにしても、あの言葉って……?

「お前、家どこだ。」
「へ?えーと、こっち!」

 昼間、人通りの多い商店街。
 こんな昼間に全速力で走ってる男女なんて、皆気になるよね。
 誰かに見られたら勘違いされるかな。
 …でも今は、そんな事気にならなかった。

 家へ着くと、もう11時半だ。
 礼儀知らずの優は、“おじゃまします”という言葉も知らないのかドタドタと家へ入っていった。
 突然の事に、お母さんが戸惑っている。

「えーと、どなた?」

 優はその言葉を無視し、2階へ向かった。

「友達!何でもいいから飲み物出して!」
「う、うん…」
 やっぱり、お母さんは戸惑っている。

「優、お茶持ってきた。」
「おう」

 優は早くも私の部屋でくつろいでいる。
 お茶を持ってきたのも、何だか満更でもなさそうだ。
 それはともかく、聞きたいことがいっぱいある。

「優さ、さっきから態度でかいけど、強いの?頭いいの?偉いの?」
「……お、俺は強いのからな!頭は別として!」

 ふーん。強いんだ。
 確かに勉強はできなさそうね……。
 運動バカって感じ!!
 顔にかいてあるもん。
 『運動バカです。』って。

「あのさー、光って一体何なの?」
「見てわかんなかったか?…一応、俺の兄貴だ。」

 はー!確かに喧嘩っ早いところが似てたなー。
 てか、一応って、どんだけ仲悪いのよ。
 心の中でツッコミを入れつつ、気になっていたことを聞こうと思う。

「じゃあ、月って?」

 なんとなく見当はついていた。
 でもちゃんと、優の口から聞きたかった。

「……あぁ、それは、俺の嫌いな奴で、もう…会えねぇんだ。」

 やっぱり、見当は当たっていた。
 でも…あまりにも衝撃的な言葉に、声が出なかった。
 どういうことなの?
 聞いちゃいけないような気もする。
 でも、一度聞いてしまうと、追求したくなってしまう。私の悪いクセ……。
 
「……な、なんで……」
「嫌いだからに決まってんだろ!…」
「……」

 優は平然としているが、きっと、理由があるはず。
 私、酷いこと聞いちゃったかな…。
 きっと今も、想っているんでしょう?
 じゃないと、そんな悲しい目にならないよ。
 初めて優と会ったときは、最悪な男だと思ったけど、きっと今も辛いんだと分かった。

「…私!私の名前は愛!」
「愛…か。どうでもいいわ。」

 話題を変えようとして教えた名前。
 反応はイマイチだったけど、優らしい。
 一回でも呼んでもらえたことが、なんとなく嬉しかった。

「愛ー!お昼ご飯できたわよー!その男の子も食べてったらー??」
「はーい」

「優も食べてく?」
 
 優は目をキラキラさせてうなづいた。
 とりあえず、優の事が少しでも分かったことが、なんとなく嬉しい。

「ごちそーさまでしたっ!」

 昼食を食べ終わった優は、満足そうに手を合わせた。

「優、あんたご飯3杯はおかわりしたでしょ?」
「いや、5杯はした」

 自慢気に言うが、お母さんは今日の夕飯のご飯がなくなったと困っている。
 優が大食いだとは知らず……。お母さん、ごめん!
 もちろん、優はそれには気づかない。
 これが普通だ! とでも言いたそうな顔に、さっきとは違い、なんだかムカツク。

「じゃあ、俺、そろそろ行く。」
「うん。そこまで送るよ。」
「おう。」

 送る、と言ったのには理由があった。
 今日の一日で、一番気になった事を聞こうと思ったのだ。

「じゃあ、黑書は誰にも渡すなよ。」
「うん。ち、ちょっと待って。聞きたいんだけど、」

 私は、胸を抑え、優にバレないように深呼吸した。

「私って、いつから優の女になったの??」
「へ!?!」

 そう、ずっと気になっていた。
 優が光に言った言葉。
『これは俺の女なんだよ、手ぇ出すな。』
 こんな事を言われたのは初めてで、なんとなくドキッとしてしまっていたのだ。
 少しの沈黙に、何だかモジモジしてしまう。

「……」

 優は何も言わず、眉を細めている。

『まさか、忘れたの!!?』
『俺、そんな恥ずかしい事いつ言ったんだ……』


 二人の高鳴る胸の音が、共鳴するように響いたー