第2回『ウタイテ!』推しキャラぐらんぷり
1位特典書き下ろしストーリー

夏の思い出【side 雨】

それは、いつものように生徒会室で集まっていた時だった。

「なあ、もうすぐ夏休みだし、全員でどっか行こうぜ!」

 作業をしている時、雷くんが思い立ったみたいに、突然そんな提案をした。

 晴くんも雲くんも雪くんも空ちゃんも、みんなきょとんとしながら雷くんを見ている。

「どっかって?」

「そうだな……夏といえば、やっぱ海とか!」

 海っていう言葉に、空ちゃんの目が輝きだした。

 ふふっ、かわいい。空ちゃんも海行きたいのかな?

 僕は海に興味があるわけじゃないけど……。

「僕も行きたい〜!」

 空ちゃんが行きたいなら、僕も行きたいな。

「……ま、待って」

 ん?

 なぜか顔をしかめて、口を開いた晴くん。

 どうしたんだろう……?

「みんなで海に行くのは、ちょっと……」

 晴くん、海嫌いだったっけ?

「なにか理由があるのか?」

 雲くんが、不思議そうに晴くんを見ている。

 言いにくそうにしている晴くんを、僕もじっと見つめた。

 晴くんは運動が得意だし、泳げないとかそういう理由ではないはず。

 むしろ海とか、好きなタイプだと思うのに……。

「……か、彼女の水着姿、他のやつに見せたくない」

 ……ああ、なるほどね……。

 そういえば、海に行くってことは水着か……盲点だった。

「お前、心が狭いやつだな!」

 晴くんの答えに、怒った雷くんが立ち上がって抗議している。

「いやいや、雷が俺の立場だったら絶対に同じこと言ってるでしょ‼︎」

「……い、言わねーし」

「図星じゃん‼︎」

 あはは……雷くん、顔にですぎだ……。

 まあでも、晴くんの言い分もわかる……。

 空ちゃんの水着姿、見てみたいけど……他の人に見せたくないから、僕も海は反対かな……。

 絶対にかわいいから、ナンパされるだろうし、僕たちが目を離した隙に連れて行かれたら大変だ……。

 もちろん、そんなことがないように守るけど、不特定多数に見られること自体嫌だ。

 他のみんなも気持ちは同じだったみたいで、各々難しい顔をしている。

 空ちゃんはひとり、おろおろしながら僕たちを見ていた。

 空ちゃんは自分のかわいさを全く自覚していないから、僕たちが何を考えているか知る由もないだろう。

「じゃあ、僕の家の別荘に遊びに行かない?」

「雪の別荘……⁉︎」

「うん。渓谷の中にあるんだけど、近くに滝もあって、夏でも涼しいんだ。川釣りしたり、バーベキューもできるし、花火もできるよ」

 雪くんの言葉に、空ちゃんがぴくりと反応した。

「釣り……」

 ぼそっと聞こえた声を、僕の地獄耳がちゃんと拾う。

「空ちゃん、釣りに興味あるの?」

「あ……えっと、釣りはしたことがなくて……」

 ふふっ、また目が輝いてる。

 全部表情に出て、素直でかわいいな……。

「川か……まあ、涼しい方がいいか」

「しゃーねぇな、じゃあ海は諦めて、俺も釣りする!」

「人も少ないだろうし、ゆっくりできそうだね」

 こうして、満場一致で雪くんの別荘に行くことになった。

 

 当日。雪くんの家で集合になって、僕は早めに向かった。

「雨、おはよ」

 すでに車が用意されていて、雪くんの用意周到さに感謝する。

「雪くん、おはよう〜! いつもいろいろ用意してくれて、本当にありがとう」

「気にしないで。今日の別荘も、普段あんまり使ってないから、使ってくれたほうが父さんたちも喜ぶよ」

 いつも、僕たちが気を遣わないような言い回しをしてくれる雪くん。

 ひとつしか違わないのに、精神的な年齢の差を感じる。

「おーい!」

 あ、雷くんだ。

「おはよう……」

 雲くんも……すごい眠そう。昨日徹夜したのかな?

「みんな、おはよ……」

 晴くんも現れたけど、みんな目の下に隈ができていた。

「昨日徹夜した人」

「「「……」」」

 あはは、僕と雪くん以外徹夜組か……。

「夏休み、やること多すぎておわんねぇよ……」

「……同じく」

「俺も……でも今日は絶対に来たかったから、締め切り明日までのやつは終わらせてきた」

 みんな、空ちゃんとでかけたくて頑張ったのかもしれない。

 かくいう僕も、今日のために仕事は終わらせた。

 今日、空ちゃんとめいいっぱい楽しみたかったから。

「それにしても、空大丈夫かな……」

「待ち合わせまでまだ5分あるから、もうすぐ来るんじゃないかな?」

 空ちゃんが心配なのか、晴くんがそわそわしている。

 確かに、空ちゃんはいつも待ち合わせ時間より結構早く来るから、心配だな……。

「みんな……!」

 あ、空ちゃんだ……!

 笑顔で振り向いたけど、視界に映った空ちゃんの姿を見て、動けなくなってしまった。

「遅くなってごめんなさい……!」

 う、わ……かわいい……。

 ふわふわしている、白いワンピースを着ている空ちゃん。麦わら帽子も似合っていて、まるで夏の妖精みたい。

 ……妖精って表現は、ちょっと気持ち悪いかな……。

 でも、そのくらいかわいくて……ちょっと、どうしよう……。

 空ちゃんと、目を合わせられないや……。

 普段とは違う空ちゃんのかわいさに、みんなも言葉を失っている。

 雷くんに至っては、真っ赤になったまま石みたいに固まっていた。

 そんなみんなを、きょとんと心配そうに見つめている空ちゃん。

「えっと、僕たちが待ち合わせより早く来ちゃっただけだから、気にしないで〜!」

 なんとか平常心を保って、空ちゃんに返事をした。

 みんなもハッとして我にかえったのか、ごまかすように咳払いしたり、ぱちぱちと自分の頬を叩いている。

「よ、よお、おはよう。……ん? 空、帽子にはっぱついてるぞ」

 あ、ほんとだ……。

「じ、実は、さっき飛んで行っちゃって……」

 もしかして、帽子を追いかけてたから遅くなったのかな?

 かわいそうだけど、追いかけている空ちゃんを想像したらかわいくて笑みがこぼれてしまった。

 

 全員が揃って、早速雪くんの別荘へ向けて出発した。

 車で二時間くらいで到着したその場所は、自然に囲まれているとても素敵な場所だった。

 涼しいな……さっきより体感五度くらい下がった気がする。

 最近は少し外に出るだけで汗だくになるくらい暑いけど、ここなら過ごしやすそう。

「コテージの外に座りたいから、簡易テント張ろうかな……ちょっとお手伝いさんにお願いしてくるよ」

 簡易テント? あ、タープテントのことか……!

「あ、僕が手伝うよ!」

 お手伝いさんの仕事を増やすのは申し訳ないし、自分達でできることは、自分たちでした方がいいよね。

 家族でキャンプに行った時は、いつも僕がテントとかテーブルの設置係だから、すぐにできると思う。

「みんなは先に釣りに行ってて〜!」

「え、俺たちも手伝うよ!」

「ひとりでできる大きさだし、すぐに終わるから大丈夫だよ! 僕も終わったら追いかけるね〜!」

 せっかくのお休みだから、徹夜するほど忙しい生活を送っているみんなには、時間いっぱい満喫してもらいたい。

 ええっと……うん、これなら説明書がなくてもできそうだ。

 

 テントを張って、僕もみんなが川釣りをしているところに合流した。

「雨、もうテントできたの?」

「うん!」

「すごいね……! ありがとう!」

 雪くんが羨望の眼差しを向けてくれるけど、そんな大したことじゃないんだけどな……はは……。

「雨くん、ありがとう!」

 ふふっ、空ちゃんまで……お礼なんていらないのに。

「どういたしまして! それより釣れてる?」

「ううん……全然……晴くんに教えてもらったんだけど、私、下手くそで……」

 しょんぼりしている空ちゃんが、かわいそうになった。

「そういえば晴くんたちは?」

「晴と雲と雷で、誰が一番釣れるか競争してるみたい。みんな、空ちゃんにかっこいいところ見せたくて必死なんだ」

 あ、なるほど……だからあんな離れたところにいたのか。

「僕と空ちゃんは初心者だから、みんなに教えてもらってふたりで挑戦してるけど、一匹も釣れないよ……」

 川釣りは難しいもんね……。

「餌にはかかった?」

「うん、さっき餌だけなくなってたの……引っ張られる感覚というか、タイミングがわからなくて……」

「それじゃあ、もう一度持ってみて」

「うん……!」

 空ちゃんが川に糸を垂らしたのを確認して、僕も後ろから釣竿を持った。

 ……あ、きた。

「今だよ、引いてみて」

「う、うん!」

 やる気いっぱいの空ちゃんが、急いで糸をひいた。

「わっ……釣れた……!」

「今の感覚、わかった?」

「うん! わかった……!」

 コツを掴めたのか、空ちゃんの目がいきいきしている。

 今度はひとりで釣りを始めた空ちゃんは、すぐにまた魚を釣り上げた。

「すご〜い! さすが空ちゃん!」

「雨くんの教え方がわかりやすかったからだよ! ありがとう!」

 空ちゃんが楽しめているみたいで、よかった……。

「雨、僕にも教えて……!」

「はいはい、待ってね〜!」

 

 みんなで釣りを楽しんでから、コテージに戻った。

「鮎が二十匹も……大量だね〜!」

「一番は雨か……くそぉ……!」

「スタート一番遅かったのにね……」

 あはは、雷くんと晴くんの視線がいたい……。

「たまたま場所がよかっただけだよ〜……それより、この鮎どうする? 塩焼きにする?」

「え……食べられるのか⁉︎」

「うん、ここの川は綺麗だし、大丈夫だよ〜。空ちゃんはどうする?」

「た、食べてみたい……! 釣った魚を食べるの、夢だったのっ……」

 ふふっ、かわいい夢だなぁ……。

 嬉しそうな姿に、口元が緩んでしまう。

「それじゃあ、僕向こうで下処理してくるよ」

「雨くん魚捌けるの?」

「小魚くらいならできるよ」

 こういうのも、お姉ちゃんたちにさせられてたから。

「俺、包丁は使えなくて……お願いしてもいい? 代わりに焼く準備しとくよ!」

「俺も焼く準備してる!」

「ありがとう! それじゃあ、僕は洗い場で準備してくるね〜」

 

 川魚の下処理をしていると、ひょこっと空ちゃんが顔を覗かせた。

「雨くん、私も手伝わせてほしい……!」

「え……いいの?」

 ゆっくり休んでてって言うべきなんだろうけど、空ちゃんとふたりきりになれるチャンスを前にして、欲が出てしまった。

「うん! してもらってばっかりだから、私も何かさせてほしくて……」

 そんなの、気にしなくていいのに……空ちゃんは、いてくれるだけでいいんだから。

 困らせてしまうだろうから、口には出さなかった。

「失礼します……!」

 挨拶をして、僕の隣に立った空ちゃん。

 ふふっ、失礼しますって、かわいいな……。

 もうひとつの包丁を持って、慣れた手つきで下処理を始めてくれた。

 空ちゃん、いつも料理してるみたいだし、さすが手際がいいな……。

「雨くんって、なんでもできるんだね」

「え?」

 僕……? なんでもできるのは、空ちゃんのほうだと思うけど……。

「さっきから、テント張ってくれたり、釣りも教えてくれたり……料理もできるなんて、ほんとに多彩だね」

「そんなことないよ。お姉ちゃんたちにパシられて、必然的にしてただけなんだ。料理自体は全然だしね」

 父さんは単身赴任で滅多に帰ってこなかったから、基本的に家で男手は僕だけだったし、最低限の処世術が勝手に身についた感じだ。

「ふふっ、理由が雨くんらしいねっ……」

「僕らしい?」

「雨くんって、いつも誰かのために動いてるから。その延長で、いろんなことが身についたんだなって思ったら、やっぱり雨くんは優しさの塊だなって」

 空ちゃんは僕をみて、にこっと微笑んだ。

「今日もみんなのために先回りしてたくさん動いてくれて、ありがとう」

 ……うわ……なんか、今のすごいグッときてしまった……。

 みんなに楽しんでほしいって思ったのも、みんなのためになにかしたいって思ったのも、ただの僕のエゴなのに……その気持ちに気づいて、こんなふうに肯定されたら……。

 好きな気持ちがぐわっとこみあげて、そのまま溢れてしまいそうになった。

「……雨くん?」

「あっ……えっと、そんなふうに言ってくれて、こちらこそありがとう〜」

 危ない……うっかり声に出してしまいそうだった。

 本当に……こういうところも全部、好きだな……。

 ふたりきりのこの時間が、ずっと続けばいいのに……。

「あ、空、いた……!」

 ……あーあ、願ったそばから、終わっちゃった……。

「晴くん……! どうしたの?」

「じゅ、準備終わったから、俺も手伝えることないかなと思って……」

 ふふっ、晴くんってば嘘つきだ。きっと僕と空ちゃんがふたりきりになってると思って、慌ててこっちに来たんだろうな。

 こんなにかわいい恋人がいたら、過保護になるのもしかたないけど……もう少しふたりきりでいたかったなぁ……。

 

 塩焼きにした魚を食べた後、みんなでゲームをしたり、少し辺りを探索した。

 夜はバーベキューをして楽しい時間を過ごした。

 お風呂からあがると、外にいたみんなが、椅子に座ったまますやすや眠っている。

 みんな疲れて寝ちゃったのかな……?

 空ちゃんも、すやすや寝てる……ふふっ、かわいいな……。

 本当に、いつだってかわいい。

 起こさないように、そっと隣に座る。

 もしかしたら、空ちゃんも昨日徹夜だったのかもしれない……僕たちよりも忙しいだろうから、今日時間を作ってきてくれたことに感謝しなきゃ。

 おかげで、すごく楽しい一日になった。

 空ちゃんの寝顔を見て、あることを思い出した。

 そういえば……少し前までは、僕はいつも寝ていた気がする。

 活動がうまくいかなくて、ひとりで悩んで、寝不足で常に眠くて……。

 挙句の果てにはメンバーのみんなを不安にさせて、脱退まで考えて……。

 そんな僕に、空ちゃんが手を差し伸べてくれて……。

 ……僕の苦しみを全部、取り払ってくれた。

 優しくて、聡明で、お人好しで……誰よりも純粋な人。

 初めて好きになった、大好きな女の子。

「好きだよ」

 さっき必死にこらえた気持ちが、あっけなく溢れてしまった。

 みんな寝ているし……さっき我慢したから、今は許してほしい。

「俺……絶対に諦めないからね」

 今は晴くんの恋人だってわかっているし、晴くんのことだって大切だけど……空ちゃんのことだけは諦められない。

 僕にとって唯一、譲れないもの。

「……雨、何やってるの」

 え……?

 驚いて顔をあげると、コテージから雪くんが出てきた。

 あ……そういえば、雪くんがいなかった……。

「女の子の寝顔をじっと見つめるなんて、ダメだよ」

「あはは、バレちゃった〜」

「バレちゃったじゃないよ、まったく……僕は雨が一番恐ろしいよ」

 ため息をついて、頭を押さえている雪くん。

 僕が恐ろしいなんて、なんの冗談だろう。ふふっ。

「僕たちの一番のライバルは晴くんだよ」

「そうだね」

「そうそう。晴くんを押し退けて、恋人の座にならなきゃ〜」

「……やっぱり、雨が一番怖いよ」

 雪くんの盛大なため息が、静かな夜の森に響いた。

 

【END】

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