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こぢんまりとした一軒家の寮に引っ越してから、二週間。
私、千代原ほずみは、アイドルみたいにきらっきらな、七人の男子と共同生活してるんだ。
なんでこんなコトになっちゃったかって言うと、社会のテスト前、都道府県の重要ワードを暗記するために、「東京君」や「埼玉君」たちのラクガキをして。
そしたらどうしたことか、そのラクガキが、現実の男子としてリアル化しちゃったの!
私はその事件の「責任」を取るため、四十七人の男子と同じクラスに放りこまれ、ついでに関東の七人との寮生活が強制的に決まっちゃった――というワケです。
しかも彼らはみんな、自分の県へのプライドが高いから、めーっちゃ仲が悪くて!
どうなることかと思ったんだっけど……。
お風呂上がり、タオルで頭をふきながら廊下に出ると、ちょうど東京君が階段を下りてくる。
「ほずみ、風呂出たか」
「あ、はい。お待たせしました。もう千葉君が入ったので、東京君は、その次でしたっけ」
なにせ全八人の大所帯だ。ちゃっちゃとお風呂を済ませないと、最後の人が夜中になっちゃう。
答えながら階段のほうを見上げたら、彼は私にほのかな笑みを返してくる。
その、澄んだ瞳のきらめき!(きっと新宿の夜景由来)
しかも、なんてことないTシャツすがたなのに、長い手足も胸板も、すらりとスタイリッシュ!(たぶんスカイツリー由来)
「……まぶしいっ!」
わたしは思わず両手で目をおおう。
すると東京君はヨーシャなくわたしの手をベリッとはがし、しかも顔を近づけてくる。
「ヒ!」
「ほずみ。ちょっと相談したいコトがあるんだけど――、って、また、ぬれたままで出てきたのか。カゼひくぞ」
彼は私の髪から水がしたたってるのを見て、目をすわらせる。
「大丈夫ですよ。ほうっとけば乾くんで」
「……どうせ、風呂の時間が長いと、後のヤツらに迷惑かかるとか考えてんだろ」
「ギクッ」
「……ドライヤーで乾かす時間あったら、マンガ描いてたいとか思ってるんだろ」
「ギクッ」
ぜんぶ顔に出るタイプの私に、東京君は息をつく。
「リビングで待ってな」
「はい……?」
私、ちょうどリビングの冷蔵庫へ、狭山茶コーラをもらいに行くつもりだったんだ。
どうしたんだろうと首をかしげながら、冷蔵庫からビンを出してると、東京君はドライヤーを手に、リビングにやって来た。
「すみません。わざわざ借りてきてくれたんですか?」
「八人もいるのに、ドライヤーが一台しかないのがまちがってんだよな。週末にでも、ほずみ専用のを買いに行くか」
「いいですよ、そんな、私のためにゼータクな」
遠慮しながらドライヤーを受け取ろうとすると、東京君は逆にひょいっと引っこめた。
「え?」
「――そこ、座って」
***
ドライヤーがゴーッと音を立てる。
なんということでしょう。
ソファの背もたれをはさんで、後ろに立った東京君が、私の髪を乾かしてくれています――!?
私に任せたら、どうせ中途ハンパに乾かして、マンガを描きに行っちゃうだろって。
たしかに図星。
……なんだけど、私は、男子に髪を乾かしてもらうことなんて人生初だ。
申し訳ないようなこそばゆいような気持ちだけど、東京君がなんにも気にしてないんだから、私がソワソワするのも、逆に恥ずかしいよね。
この寮で二週間いっしょに過ごして、わかってきた。
東京君は大都会のクールなタイプかと思いきや、意外と江戸っ子気質で、そっけなくしきれないで、ついつい世話を焼いちゃうんだよなぁ。
さすが、都道府県男子の首都(リーダー)だけある。
私はおとなしくソファで両ひざを抱え、ていねいに当てられるあったかい風と、優しい指の動きに身をゆだねる。
「そういえば、東京君。さっき、私に相談したいコトがあるとか?」
「ああ、それな。明日、俺が夕飯当番だろ? それで、」
「アー! ほずちゃん、もうお風呂出てる~!」
東京君の言葉をさえぎって、戸口からひょこっと栃木君が顔を出した。
きゅるんきゅるんのラブリーな彼は、栃木特産の「とちおとめ」いちごパジャマが、めっちゃ似合ってる。
「ほずちゃん、いっしょにゲームしよっ。このレースゲーム、栃木のいろは坂が舞台に出てくるんだって~!」
「待ってよ、栃木」
今度は群馬君が出てきた。
彼は栃木君と双子で、同じ顔立ち。でも目尻はキュッと上がって、ちょっとカッコいい感じもある。
「ほずみは上毛カルタをやるの。群馬ッコならみんな暗記してる、超有名カルタだよ。ほずみも興味あるでしょ」
「す、すみません。この後、マンガのネームをやらないと、間に合わなくて……」
すぐ始めないと、あっという間に明日の朝になって、学校に行かなきゃいけない。
「千代原さん。そういう時こそ、星空観察です」
今度は茨城君の登場だっ。
「屋上で望遠鏡を一緒に覗きませんか。ちょうど今日は水星と木星が接近するのが見られます。宇宙の壮大さを目の当たりにすれば、マンガの締め切りなんて、ちっぽけなものと思えてきますよ」
「それはちょっとマズいですね……」
けっきょくみんな断っちゃうと、北関東三人は、ブーッと口をとがらせて撤収していく。
せっかく誘ってもらえたのに、だいぶ悲しい。学生マンガ家の自由時間は少なすぎるよ……っ。
しょんぼり肩を落とすと、東京君が横からのぞきこんできた。
「――でな。さっきの話の続きだけど、明日の夕飯、」
「うわっ。東京が女子の髪乾かしてる~。ヤッバ」
通りすがりの神奈川君が、からかって笑いながら通り過ぎていく。
「…………」
またさえぎられちゃった東京君は、シンとなる。
だけどさすがは、力強き首都。気を取り直し、「それで夕飯の」と言葉を続けようとする。
そのとたん、
「ギャー! 東京、助けろ~っ! このシャワーぶっ壊れてんぞ!? いきなり冷水になったじゃねぇか!」
お風呂場から、千葉くんの悲鳴が響いてきた。
「しばらく水を出してたら温まるから、そのまま待ってろ!」
東京君は大声で返す。
「寮長さんって、大変ですねぇ……」
東京君は、学校でも学級委員として四十七人もいざこざの間に入り、寮に帰ってからも、関東の七人と私のお世話まで……。
しみじみ言うと、彼はハーッと、おつかれさまの大きなタメ息。
「まぁでも、ほずみが来てくれてから、ずっと楽になったよ。――で、その礼もふくめてなんだけどな。明日は、俺と埼玉が夕飯当番だろ? せっかくだからほずみが好きなものを作ろうって、あいつと話してたんだ。ほずみは、何が好きなんだ?」
本題は、これだったんだ。
私は目が丸くなる。
「私、なんでもうれしいですよ。東京君たちが食べたいのにしてください」
「ダメ。すでに決定事項。おまえの好きな食べ物教えろ」
私はブオーッと襟足を風に吹かれながら、「好きなもの……」とつぶやく。
好きなもの、なんだろう?
おばさんと暮らしてた時は、とりあえず時短で作りやすいものとか、おばさんが夜遅く帰ってきてからも食べてくれそうなものとか、そういうメニューを考えてばっかだったからなぁ。
私の好きな食べ物……?
とっさに思い浮かばず首をひねる。
「じゃあ、十秒以内に挙げろ」
「ええっ?」
「行くぞ。いーち、にーぃ」
「まままま待って!」
「さーん、しーぃ、」
容赦なく続くカウントダウン。
私はアワワワワッと脳をフル回転させるけど、アセればアセるほど浮かんでこない。
そして東京君が「十!」と数え終えたところで、
「みっ、みんなでごはんを食べられるのが、一番ごちそうです!」
答えにもならないような答えを出しちゃった。
「アウト。答えられなかった罰として、ほずみも明日、夕飯当番。買い出しからつきあえ」
「えええっ!?」
さすが東京砂漠な大都会、判定がシビアでドライですね!
すると彼は、ドライヤーのスイッチを切ってから、ぽん、と私のつむじに手をのせた。
「買い物しながら、一緒に探そうぜ。ほずみの好きな食べもの」
思わず真上を仰いだら、ドキッとするほど優しい瞳が、私を見下ろしてた。
「……東京君」
「みんなで食べるメシ、うまいよな。俺もほずみのおかげで、初めて知った」
彼は私を見つめたまま、そう言って。
照れくさくなったのか、パッと手を放して、そっぽを向いちゃった。
私はその顔をもっと見たくて、身をひねって、覗きこもうとする。
――そしたら。
視界の端の戸口に、人影!
北関東三人が、こっちをうかがってる!
「わぁっ、ビックリしたぁ!」
「お、おまえたち、こっそり見てるなんてシュミ悪いぞ」
「東京が、入りにくい空気作るからでしょ」
「東京ばっか、ほずちゃん独り占めしてズルいんだよー!」
リビングに入ってくる双子に言い返され、東京君はングッと口を引き結ぶ。
みんなソファに集まって、やいのやいの言い合い始めた。
私は乾かしてもらった髪をさわって、「おお、ツヤツヤ!」と感激する。
結局、北関東三人は、ゲーム機やカルタや星座図をテーブルに広げ、神奈川君と埼玉君まで引っ張り出してきて、お風呂上りの千葉君も捕獲。
もちろん東京君も巻き込まれて、みんなで夜を楽しみだした。
自分の県へのプライドが高いから、めーっちゃ仲が悪かった関東チーム。
だけど、今はもう、ちょっとちがうみたい?
私もこの寮生活、どうなることかって心配だったんだけど――。
「ほずみも、仕事の都合ついたら入れよな」
部屋に帰りかけた私に、東京君が声を投げてくれる。
「はい!」
私は大きくうなずいた。
今までずっと「マンガ以外のことに時間を使うのは、もったいない」って思ってばかりだったのに。
今はなんだか、このままここに残っていたくなっちゃう。
よしっ。超特急で、目標にしてたトコまで片づけて、リビングにもどって来よう。
明日の夕飯当番も、楽しみだ!