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朝の校門をくぐると、風に揺れる桜の花びらがまだ少しだけ残っていた。
四月の下旬、木々の若葉が光を透かしながら広がっている。
新しい季節の始まりは、どこか“ほどけやすい”。
だから、僕は今日も気を配る。
(愛さんの一日が、ちゃんと結ばれていきますように)
◇ ◇ ◇
昇降口で靴を履きかえるとき、愛さんはスニーカーのひもをぎゅっと結びそこねた。
形だけの結び目は、二歩でほどける。
(……ここは補強だな)
僕は宿っているノートのページから愛さんに気づかれないよう見えない糸を一本伸ばし、ちょうちょう結びの輪をきゅっとしめる。
するとひもは自然に収まり、愛さんは、
「今日はほどけない!」
と得意げに校庭を歩き出した。
――いや、僕がほどけないようにしてるんですけど。
◇ ◇ ◇
一時間目、国語。
机の上の消しゴムが、転がり落ちかける。
(落ちたら転がって、後ろの席まで……)
僕は糸で落ちかけた消しゴムをひっかけ、机にもどした。
消しゴムは、まるで自分の意思を持ったかのように机の中央へ戻っていった。
「ラッキー!」
と愛さん。
――いや、それは僕が結んだ偶然です。
◇ ◇ ◇
二時間目、理科準備室の前。壁にはられたプリントが風でめくれあがり、今にもはがれ落ちそうだった。
愛さんは気づかず横を通る。
もし顔にプリントがはりついたら、ドジな愛さんは転んでしまうかもしれない。
僕は、壁から外れたプリントとともにプラプラしている画鋲に糸を結んで引っ張り、ふたたび壁に固定した
風が収まると、プリントはスッときれいにおさまる。
(こういう小さなほころびは、だれも気づかない。でも大事だ)
◇ ◇ ◇
三時間目、体育。跳び箱。
愛さんは助走をとり、踏み切り板に足をかけた瞬間――バランスを崩した。
このままでは前のめりで着地……。
(支えろ、結び目!)
僕は踏み切り板と床に糸を走らせ、彼女の足をすっと誘導する。
愛さんはふらつきながらも、ギリギリで着地成功。
クラス中が、
「おおーっ」
と拍手する中、本人は、
「あ、あれ? 奇跡起きた?」
と首をかしげていた。
――奇跡じゃない、結んだんです。
◇ ◇ ◇
四時間目が終わり、給食の時間。
愛さんはトレイにパンと牛乳をのせるが、スープ皿が傾いて危ない。
(バランスも結び直せばいい)
パンと皿を糸で軽く結ぶと、重心が安定した。
隣の子がぶつかっても、スープはこぼれず。
「今日はついてるなあ!」と愛さんは笑う。
(ええ、僕が“ついてる”からです)
◇ ◇ ◇
放課後。
愛さんは図書室で本を借り、ページを開いたままうとうとしかける。
しおりを入れずに閉じたら、次に開くページを忘れるだろう。
僕はページの角に糸で結びめを残した。
これをはさんでおけば、自然のこのページが開くはず。
(本を読んで、漢字も好きになってくださいね。愛さん)
◇ ◇ ◇
帰りぎわ、靴箱の下にハンカチが落ちていた。
愛さんは気づかず靴を履き替えようとする。
僕は糸をすっと結び、ハンカチの端を彼女の足に触れさせた。
「あれ、ハンカチだ」
拾いあげると、名前が書いてある。
愛さんはすぐに持ち主に返してあげて、にこにこと笑っていた。
(愛さんと友だちを結ぶきっかけになりますように)
昇降口を出ると、夕焼けが校庭を染めていた。
愛さんは振り返って、
「今日はなんか、いい日だったなあ。いいことがたくさんあった気がする」
とつぶやいた。
(ええ、あなたが結んだから。僕は、ただ少し手を添えただけ)
僕はページの奥で、見守るだけ。
ほどける日常を、また明日も結びなおすために。
朝の教室はざわざわとうるさい。
担任の先生が来る前から、すでに小テストの紙が配られていた。
「やば、エンピツどっかに落としたー」
愛ちゃんが、カバンをガサゴソしながら青ざめている。
(ふむ。約束を果たす場面だな)
おれは、教室の端に転がっていたえんぴつを愛ちゃんの足元へすべらせた。
「……あ! あった!」
愛ちゃんは無事にえんぴつを拾い、胸をなでおろした。
(見えないだろうけど、“忘れものをしない”という約束は守れたぞ)
◇ ◇ ◇
昼休み、柚ちゃんと
「一緒に購買へ行こう」
と約束した愛ちゃん。
けれどおしゃべりに夢中で時間を忘れている。
(おっと、友達との約束をすっぽかすところだぞ)
糸で愛ちゃんの制服を引っぱり、視線を時計へと向けさせる。
「あっ、やばっ、柚ちゃん待ってる!」
慌てて駆けていく愛ちゃん。
廊下の先で柚ちゃんが笑顔で手を振っていた。
◇ ◇ ◇
給食。
愛ちゃんは牛乳パックのキャップをうまく開けられず、指先でぐいぐい押している。勢い余ってこぼしそうだ。
(牛乳を床にぶちまけない――それは全校生徒への暗黙の約束だな)
おれは糸でキャップの切り口を軽く裂き、指先に「ここだよ」と伝える。
「あっ、開いた!」
と笑顔になった。
周りの子から
「開けるのうまーい」
とほめられる。
(いや、ほんとはおれが開けたんだけどな)
◇ ◇ ◇
昼休み、友達と話していた愛ちゃんが、
「……あれ、算数の宿題!」
と顔を青くした。
まだ提出してない。
(忘れ物は“やる”と決めた自分との約束を破ることになる)
おれはカバンのポケットに手を伸ばすように袖口の糸を引いた。
愛ちゃんは自然に手を突っ込み、ノートを見つける。
「よかった……やってた! 提出するの忘れるところだった!」
(そうそう。“約束を守る自分”を思い出せばいいんだ)
◇ ◇ ◇
放課後、友達の細井くんに、
「ノート見せて」
と言われて貸した愛ちゃん。
帰り支度のとき返してもらい忘れている。
(借りたものを返してもらう――それも立派な約束だな)
糸で友達のカバンの中のノートをはみ出させる。
「あ、ノート! 返すの忘れるとこだった、ごめん!」
「ありがとう、わたしも忘れてた! 助かったよ」
愛ちゃんは笑顔でノートを受け取った。
◇ ◇ ◇
昇降口へ向かう廊下で、愛ちゃんは友達としゃべりながら歩いていた。
前からは別のクラスの大きな男子たち。
このままじゃぶつかる。
(衝突しないのも、廊下の“ルール”=まあ、約束みたいなもんだな)
おれは廊下に糸を張ってわざと愛ちゃんをちょっとつんのめらせてぶつかるのを回避させる愛ちゃんも相手もするりと回避。
「ナイス避け!」
と友達が笑い、愛ちゃんも笑った。
◇ ◇ ◇
帰り道。
友達にこっそり打ち明けられた内緒話を、愛ちゃんがうっかり別の子にしゃべりそうになる。
(こらこら、秘密は“守る”もんだぞ)
糸で木の枝を揺らして愛ちゃんの声をかき消した。
「……あれ、なんか言った? 愛ちゃん」
「うわっ、な、なんでもないよ! あぶなー……」
危なかったな、と愛ちゃんが苦笑いをしていた。
夕暮れ、空がオレンジに染まる中、愛ちゃんがぽつりと言った。
「なんか今日は、忘れ物とか失敗しないですんだな……」
おれはページの奥で笑った。
(それは、おれが“約束”を守らせてるからだよ。……ま、気づかれなくてもいいんだけどね)
オレの名前は組。漢字男子だ。
“組み合わせる”“組み立てる”“組になる”。
つまり、バラバラのものをまとめて形にするのが得意技だ。
でもさ……。
ノートに宿ってる立場って、正直ヒマなんだよ。
結や約はこまめに出番があって「結んで助ける」とか「約束守らせる」とか真面目にやってるけど、オレはもっとガツンと「チーム感出してやるぜ!」ってところを見せたいんだよなあ。
◇ ◇ ◇
午前の家庭科。メニューはオムライス。
愛ちゃんはタマネギを切っていて、涙目で手元が見えてない。
たまごはゴロゴロ転がるし、鍋の横では友達が、
「分量どうするの?」
と困っている。
(あーあ。これじゃ班がバラバラだ)
オレは野菜と包丁のリズムを糸で“組み合わせ”、テンポよく切れるように調整した。
さらに、となりの子の手元にたまごをコロコロと転がす。
「あ、わたしたまご割るね」
「なんか急にチームワーク良くなったね!」
(フッ、チームをまとめるのはオレの役目だっての!)
◇ ◇ ◇
次は体育のリレー。
愛ちゃんのチームはバトンパスがヘタで、前の子とタイミングがあわずにモタモタしてる。
(チーム競技でグダグダとか、見ちゃいられねえ!)
オレはバトンと手のひらを糸で軽く“組み合わせ”、するっと流れるように渡させる。
「ナイスパス!」
「おお、奇跡!」
(奇跡じゃねーよ。オレが“組んだ”んだよ)
◇ ◇ ◇
音楽の時間。
合奏の練習でリコーダーや鍵盤ハーモニカがばらついている。
当然、愛ちゃんのリコーダーの音も入りそこねる。
(合奏は“組み合わせ”が命だろ!)
オレは音の流れを糸で束ね、リズムをひとつに組み立てた。
結果――、教室が一瞬でハーモニー。
「わあ、今日のクラス上手!」
先生まで感動してる。
(おう、音を“組み合わせる”ってこういうことだろ。ま、オレのおかげだな!)
◇ ◇ ◇
放課後の掃除。
愛ちゃんはモップを持ってるけど、バケツとチリトリと雑巾が教室のあちこちに散らばっていて、まとまりがない。
(バラバラすぎ! 片づけは“組み合わせ”だろ!)
オレはモップと雑巾、チリトリをスッと糸でつなげ、自然に一か所へ集まるようにした。
「おお、片づけ早っ!」
「愛ちゃん、みんなの分まで片づけてくれるなんて、手際いいね!」
(まあな、その手際のよさを組んだのはオレだけどな!)
◇ ◇ ◇
愛ちゃんが友達と並んで校門を出ようとすると、スクールバッグのベルトが外れかけていた。
バラバラに崩れるのは見てらんねえ。
(まとめ直す!)
オレは金具をきゅっと“組み直し”、ベルトをしっかり留めた。
友達は、
「ベルト外れてない? って言おうと思ったけど見まちがいだった」
と笑う。
(見まちがいなんじゃねえ、オレが“組んだ”んだ)
ノートの外からあきれた求たちの声が聞こえる。
「おい……。愛に加護をつけてもらったからって、過保護すぎだろ」
「ドジなところがカワイイのに、これじゃ愛ちゃんじゃないよー」
と不満そうな恋。
「過度な手助けは、愛ちゃんの成長をさまたげると思うよ」
痛いところをつく博。
「そうだな。おれも、愛には自分の力で困難も乗りこえてほしいと思うよ。愛にはその強さがあるんだから」
純の正論にはもう、ぐうの音もでなかった。
つまりおれたちは、手を出しすぎてるってこと。
「……そうですね。つい、やりすぎました。反省します」
と言ったのは結。
「まあなー。愛ちゃんって見てたら、なーんか手助けしたくなるんだよな」
とデレたのは約。
「おまえらが愛ちゃんを守れないって思ったときには、おれらがまたすぐ出てくるんだからな! 覚えとけよ!」
ってくやしまぎれに言ったのは、おれ。
たしかにやりすぎだったかも。
でも、たまにはおれたちのこと思いだしてくれよな、愛ちゃん。
最後まで読んでくれてありがとう!
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