『あつまれ!元素くん① 酸素くん+水素ちゃん=水びたしの新学期!?』購入者限定SS

限定番外編★酸素兄弟のルーティン

こんにちは、僕は酸素弟です。

見た目はほとんど同じに見える僕たちだけど、じつは結構似ていないところがあります。

まあ、いたずらっ子という共通点はそのままそっくりなんだけど……。

とにかく今日は、僕たちの違いを紹介できたらと思います。

というか、弟である僕の普段の頑張りを知ってほしいと思います‼


***


「兄ちゃん起きてー!」

まず、弟の僕よりも兄の方が朝に弱い。めちゃくちゃ弱い。僕の朝は兄を起こすことからいつも始まっている……。

「起きて起きて起きて起きて起きて―‼」

「うーん、おとーと、うるさい……」

「もう今日こそは置いていくからね!」

「待ってよお~あと五分~」

耳元で怒鳴っても、ねぼすけな兄は全然起きあがらない。呆れた僕は、先に部屋を出ていくことにした。一階のリビングに降りると、今日も慌ただしく両親が仕事へ向かう準備をしていた。

「あー、おはよう!お兄ちゃんはまだ寝てるの⁉」

ウェーブのワンレンボブ姿の母親が、髪の毛をヘアアイロンで整えながら洗面所から顔を出した。

「兄ちゃんまだ寝てるー」

「起こしてあげてって言ったじゃない!」

「何度も起こしたもん」

僕の努力も知らずに……と少しムッとなる。

「パパ今日も帰り遅くなるからよろしくー!先出るね!行ってきまーす」

「はーい行ってらっしゃい」

「あ!ちょっとゴミ出し忘れてるー!」

黒縁丸眼鏡にぼさぼさヘアの父親が、三秒だけ顔をだしてすぐに家を出ていった。

それを見て、母親は今日も「家事も何もせず出て行くなんて!」と怒っている。

二人は同じ職場で同じ宇宙船の整備をしているので、一日中顔を合わせているせいなのか、常にちょっとピリピリしている。

「とにかくお兄ちゃん起こして朝ご飯食べさせといてね!この前お手伝いさんが作り置いてくれたご飯が冷蔵庫にあるから勝手に温めて食べて!」

母親はしゃべりながら出社の準備を済ませて、出かけ間際に冷蔵庫を指さした。

「分かったってー。あ、なんか資料忘れてるよ」

「あっ、やだほんと!ありがと!じゃあ行ってきまーす!」

「行ってらっしゃーい」

母親は資料を僕から受け取ると、父親と同じように慌ただしく家を出ていった。

チラッと時計を見ると、もう僕も家を出なくてはいけない時間の十五分前だった。

「さてそろそろかな~」

コップに牛乳を注ぎながら、朝食の卵料理をテキトーに温めて、パンにバターを塗る。全て用意してから座り、パクッと食パンにかぶりつくと……。

「ちょっと弟~~~~~!なんで起こしてくれなかったの⁉」

「ハイ予想通り~」

「もう十分前じゃん!」

予想通りドタバタと足音が聞こえて、二階から兄がおりてきた。

僕は呆れながらもくもくと朝食を食べ進める。兄は文句を言いながら、急いでパンにジャムを塗り始めた。

「ほほひへっへひっはほひ」

「“起こしてって言ったのに?” めちゃくちゃ耳元で怒鳴りました~」

「ウソだあ!記憶にないもん」

言い切る兄をしらーっとした表情で見ながら、僕は先に朝食を食べ終えた。

それから、兄の分まで着替えやら荷物やらを整えておいてあげる。

「はい食べながら制服着て」

「うーんおかしいな。なんでいつもこんなに余裕がなくなるんだろう……」

「僕もほんっっとに不思議~」

嫌味たっぷりに返しながら、兄の口にパンを無理やり押し込んでやった。もごもごと何か怒っている様子だったけど、気にしない。

「ほら行くよ!飲み込んで!」

ボスッ!と、リュックを兄に向かって投げ込んだ。

「もうちょっと兄に優しくしろよ~」

「十分お世話してると思うけど〜?」

やれやれ……。僕ってほんとに損な役回りだ。

いたずらっ子な双子としてひとくくりに見られがちだけど、僕にだって苦労はあるのだ。


***


「きゃー!酸素ズの二人だー!今日も可愛い!」

「ほんとにアイドルユニットみたいだよねえ」

「きゃ♡こっち向いてくれた~!」

朝、ギリギリで登校すると、同級生や先輩たちから今日も注目の的。

兄はこういうとき、何も考えずにへらへらとファンサービスを返しているけど、じつは僕はそんなに得意ではない。

「今日も元素ガールズ元気だねー」

「そんなことより、兄ちゃん寝ぐせついてる」

サッと寝ぐせを直すと、生徒たちに手を振りながら兄はへらっと「サンキュー」と笑った。

というか、男なのに可愛いって言われても、そんなに嬉しくなくない?

もちろん、皆が好意的な感情で騒いでくれているのは分かっているけど……。

「今手振ってくれたのって兄?弟?もうどっちでもいー!」

「たぶん弟じゃない?」

「そうかも!泣きぼくろがあるし、寝ぐせ直されたりしてたし!」

……ハイ。全部真逆。全部はずれでーす。

泣きぼくろがあるのが兄で、しっかり者が僕でーす。尖った八重歯がチャームポイントでーす。まあ、いつものことだからいいけど。

僕の手柄でも、いつも「兄だから」という固定概念で、周りに間違って認識されることは何度もあった。

スポーツで活躍しても、勉強で活躍しても……。兄はもちろんその度に訂正してくれたけど、噂やイメージは独り歩きするものだから……。

はぁ、僕ってやっぱり損な役回りだ。

「弟、どうしたのー?」

「……なんでもー」

今日も兄はのん気なものだ、と思いながら、僕は教室へと向かった。


***


しかし。こんな風にじつは性格の違う僕たちだけど、好きなものや嫌いなものはとっても似ている。そして今僕たちが一番夢中でお気に入りなのは……。

「あのさ……ふたりとも。なんでトランポリン部なのに水泳部までついてくるのかな?」

「え?今日は見学しよーかなって♪」

「不愛想な塩素君と二人きりで気まずくないかなーって思って♪」

放課後。僕と兄のふざけた発言に、水素ちゃんはいつもどおり戸惑った表情をうかべている。

ふふふ、そうそう。この顔が可愛くて見たくなっちゃうんだよね~。

水素ちゃんっていちいち反応が面白いんだもん。つい困らせたくなっちゃう。

それは兄も同じなようで、水素ちゃんのことをかなり気に入っているのは分かっていた。

「二人はトランポリン部でしょ!部活さぼっていいの?」

「いーのいーの。水泳部と同じくらい不定期活動でゆるいから~。それに、カルシウム先輩が兼部大歓迎って言ってたもん♡」

「ぐっ……」

水素ちゃんのあとをつける形で、本当に水泳部まで着いて来てしまった。

じつは今日僕たちも水着を持ってきているので、準備ばっちりなのだ。

「「じゃあ着替えてくるからまたあとでね~!」」

何か言いたげな水素ちゃんを置いて、僕たちは更衣室に向かった。

「よし、準備OKっと。弟もOK?」

「OK~。たまたま水着置きっぱなしにしておいてよかったね」

水素学園オリジナルの、男女共用水着はとっても着やすい。紺色の長袖に半ズボンと、ぱっと見普通の私服みたいに見える。水着素材だけどピタッともしていないから安心。これに蛍光黄緑の薄手のラッシュガードを羽織ったら準備完了だ。

「「わ~い!カルシウム先輩♪僕たちも見学に来ました~!」」

バンッと勢いよくプールの扉を開けて中に入ると――。そこには、思いっきり眉間にしわを寄せた塩素君がいた。

「……なんでいんのお前ら」

「お兄ちゃん、僕、塩素君いるの忘れてた」

「忘れてたねえ~」

帰れオーラを全開にしているラッシュガード姿の塩素君を見て、一瞬怖気づいた。

「水素ちゃんが来て良いって言うから来ました~」

「勝手に着いてきたんだろ。水素をおもちゃにするなよ」

テキトーに言い訳したけれど、すぐに嘘を見抜かれズバッと言い返されてしまった。おもちゃにするなよ、という注意もちょっとグサッと来た。

水素ちゃんは、まさに僕らの“お気に入りのおもちゃ”みたいな存在だからだ。もちろん、いじりとかではなく、愛のある表現として。

水素ちゃんのキャラが僕たちのツボをついていて……つい、かまいたくなってしまうのだ。

「わっ、ほんとに準備してる……!」

「あ♡水素ちゃん、準備万端だね!髪縛ってるー!」

塩素君との会話を打ち切って、ドアを開けてやってきた水素ちゃんに目を向けた。

水素ちゃんもラッシュガードを羽織って、短い髪の毛をうしろでひとつにまとめている。いつもと雰囲気が違って新鮮だ。

「ちなみに今日はカリウム先生もカルシウム先輩もいない日だからね……。それぞれ自主練する予定だよ」

そうつぶやく水素ちゃんの声を聞いて、僕と兄は同じタイミングで目を合わせた。

それってつまり……何をやってもいい日で最高じゃん!いたずらっ子の血がうずうずする!

「ねぇねぇねぇ、それじゃあ僕らと結合してプールに雨降らせたりしようよー!」

「あ!水鉄砲とか永遠に撃てるんじゃない⁉」

兄に続く形で、水素ちゃんの腕を引っ張って提案するも、水素ちゃんは変わらぬテンションで「今日はやめておこうかな」と答えた。

なんか……水素ちゃん僕たちに冷たくなってない⁉ていうかなんか疲れてる⁉

「水素ちゃん、塩素君の影響受けてない⁉」

「ん? 影響って?」

「塩対応な感じとか!」

慌ててそう問いただすと、遠くで泳いでいたはずの塩素君が「おい」と低い声を上げた。

「そんなことないけど、酸素ズの体力が底なしだから……。いたずらに付き合った日はいつも疲労で倒れそうにはなるかな」

「「えー!そ、そんなに?」」

そんなに僕たち水素ちゃんの体力を削ってたの……⁉ガーンと大げさにショックを受けた顔をしてみると、兄も隣で同じような反応をしていた。

落ち込んでいる僕らを見て、水素ちゃんはちょっと考えるそぶりを見せる。

「私、ふつうに酸素ズと遊んでみたいな。今日ははしゃぎすぎずに、ゆったり遊んでみようよ」

「「う、うん……」」

「もうちょっと、二人とゆっくり話してみたいし」

ふつうに遊ぶってなんだろう……?と思いながら、僕らは首をかしげる。

水素ちゃんは「じゃあ……」と、プールに向かって、塩素君とは離れたレーンに足をつけた。

「ペアになって泳ごう。酸素兄は塩素君と一緒でいいよね?」

「えー!やだー!」

「しごいてやるから早く来い」

兄の抵抗虚しく、塩素君に引っ張られる形で兄は奥のレーンに行ってしまった。

残された僕と水素ちゃんは、じっと見つめ合う。

なんでかちょっと、気恥ずかしいような……。

「冷たっ」

プールに入ると、ひんやりとした冷たさが体の芯まで伝わってきた。

この冷たさに慣れるまで時間かかるんだよねぇ~。

水素ちゃんはさすが水に慣れている様子で、冷たさも平気そうな顔だ。

「で、何して遊ぶの?」

「ひたすら浮かぶゲームだよ」

「……え? 浮かぶだけ?」

笑顔で答える水素ちゃんに、「それだけ?」ともう一度聞き返す。

でも水素ちゃんは大真面目な顔のままだ。

「今からスタートね。はい!」

そう言って、水素ちゃんは大の字になる形で水面に寝転んだ。

そしてそのまま、じっと目を閉じて完全にリラックスタイムに入り始めてしまった。

「えー、これ楽しー?」

「ほらほら。酸素弟もやってみて」

「えー……」

渋っていると、水素ちゃんがパチリと目を開けて、こっちを見てきた。

水素ちゃんの目って、ほんとに青いビー玉みたいに綺麗だから、目が合うとちょっとドキッとする。

「一緒に同じことすると、なんでも楽しいよ」

「え……」

そう言われると、なんだかそんな気がしてきてしまった。静かに水の上に浮いて時間を過ごすなんてこと、今までしたことあったかな。絶対にないなあ。なんて思いながら、僕は水の中にゆっくりと身を沈めて、大きく息を吸い込んだ。

肺が膨らむと同時に、体がふわりと持ち上がる。

次の瞬間、水面が僕を優しく受け止めた。

耳の中に、水がすうっと入ってくる音がする。

周りの音が遠ざかって、まるで自分だけが時間から切り離されたような感覚になった。

「そのまま目を閉じてみて」

水素ちゃんに言われるがまま目を閉じると、まぶたの裏に光がゆらゆらと差し込んできた。腕と脚は力を抜いて、ただ漂う。プールの水はもう体に馴染んで、肌をなでるように流れていた。

不思議だ。なんだか今日起こったこと全部が穏やかになっていくような……。

『起こしてあげてって言ったじゃない!』

『どっちでもいいよねー』

『たぶん弟じゃない?』

今日聞こえてきたいろんな言葉を思い出す。傷ついたわけじゃない。だっていつものことだった。

だけど、あの言葉たちを今、全部水に溶かしてしまいたいと思っている。

「……ね?意外といいでしょ。こうして過ごすの、好きなんだ」

水素ちゃんの声が聞こえて、ハッとして目を開けた。どのくらい時間が経っていたのだろう。

「うん。けっこー、楽しいかも」

「あ、ほんと?よかった」

水に浮かびながら話すなんて不思議だ。

水素ちゃんと、水面上で目を合わせて笑った。

癒されるって、こういうことを言うのかなあ。

「なんで僕のことをペアに選んだの?」

あ、と思った時にはもう遅かった。

そんなの聞いたって、どっちでもいいと言われるに決まってるのに。

つい気が緩んで、バカなことを聞いてしまった。

「ごめん今の――……」

「え?なんかちょっと元気なさそうだったから」

「え……?」

今のなんでもない、と言おうとしたところで、そんな答えが降ってきた。

気づいたら水素ちゃんは浮かんでいなくて、プールの底に足を付けた状態で立っていた。僕もそれに合わせて、姿勢を縦に戻す。

水素ちゃんはゆっくり僕に近づいて――それから、僕の口元を指さした。

「笑う時、いつも尖った八重歯見えるのに、見えなかったから」

そう言い切って、水素ちゃんは目の前で笑った。

そんな、自分でも気づけないような違いに、水素ちゃんは気づいてくれたの……?

いや、その前に、ちゃんと理由があって“僕”を選んでくれたのか……。

気づいた瞬間、水の中にいるのに、カーッと体が熱くなっていくのを感じた。

「水素ちゃ……」

「もうギブアップ! もう無理ぃぃぃぃ塩素君の鬼ぃぃぃぃ!」

余韻に浸っている暇もなく、離れたレーンから兄の絶叫が聞こえた。

「死ぬ気で泳げ。タイム落ちてるぞ」

「もう酸素なくなっちゃう!苦しい!」

「……お前自身が酸素の塊だろ」

サメに追われるかのように、塩素君に後追いされる形で追い込まれている兄の悲惨な姿がそこにあった。か、かわいそうに……!

あんなことになっていたなんて!

「兄ちゃん大丈夫―⁉」

「え、塩素君やりすぎはよくないよ……っ」

さっきまでの動揺はすっかりどっかに行ってしまって、体が勝手に兄の元へ急いでいた。よ、よかった!なんか一瞬、自分の心臓が自分のじゃないみたいに動いたから……!兄のおかげで、元のペースに戻すことができた。

「おとーと、来てくれてありがとー。助かったー!」

半泣きで抱き着いてくる兄の背中を撫でながら、僕はなんとか平静を装う。

大丈夫、大丈夫、いつもどおりだよね……?ちらっと水素ちゃんを見ると、またドキッと胸が跳ねた。

「酸素ズってほんと仲いいよね」

「ま、まあね……!」

今はまだこのドキドキの理由が分からない。

でも、もっともっと水素ちゃんのことを知りたくなっている――。“お気に入り”の上って、いったいなんなんだろう?ちょっとモヤモヤするけれど……。でも、またモヤモヤしたら、一緒に水素ちゃんとふわふわ水面に浮かんでみるのもいいかもって思ったんだ。



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