あたしは電源の入ってないピッチをただ見つめていた。


翼がいま頃、あたしを捜しているのかと思うと心が痛んだ。


そのとき、部屋のノックとともにお母さんが入ってきた。


「流奈、寝てる?」

「なに?」

「理恵ちゃんから電話だけど……」

「寝てるって言って」

「わかったよ」

「ごめんね~、理恵ちゃん。流奈、寝ちゃってるみたいなのよ」


お母さんは保留ボタンを押した。


「流奈?理恵ちゃん『起こしてくれ!』って。急用みたいよ」

「ったく、うるせ~な!」


お母さんから電話を奪い取った。


「もしもし?」

「流奈!?なんで家にいんの?」

「なんで……って、帰ってきたかったから」

「翼くんに、なにも言わず出てきたでしょ?」

「ぁあ……、忘れてた」

「なにそれ?あたしのところに何回も電話来て、捜し回ってるよ」

「そう……。じゃあね!」

「はぁ?なんなの、その態度!なにがあったの?」

「うるさいな!ほっといてくんない?なんなの?」

「あんたって本当、サイテーな女!」


電話が切れた。


あたしは部屋のドアに電話を投げつけた。


なにも知らないくせに……。


また涙がこぼれた。


わかってる、わかってるんだ。


心配してくれてること。


でも、どうしたらいいのかわからなくて。


「大丈夫?」なんて言って欲しくない。


なぐさめてももらいたくない。


同情なんていらないんだ。


もう消えることなんてない。


もう過去に戻ることもできない。


涙が止まらなかった。


戻りたい、昨日に。


翼と幸せなデートをした昨日に戻りたい。


でも、もう、戻れないんだ……。


あたしはピッチをしばらく見つめたあと、電源を入れた。


翼に逢いたい……。


画面に翼のメモリーを出したまま通話ボタンを押せないでいるあたしがいた。