まさか…

まさか、まさか――

月から考えて、業平と夫婦になった直後だというのに…身籠ったというのか?

あれだけ‟愛している”と俺に言っておきながら…もう身籠ったのか?


「…」


黙り込んだ黎が発した殺気に皆が怯えて後退る中、俯いていた澪は顔を上げて黎の腕を掴んだ。


「主さま、喜んであげなくちゃ。神羅ちゃんの赤ちゃんだよ。きっと可愛いよ」


「……」


それでも黎は黙ったままで、しかも――その切れ長の目に浮かんでいる光は、怒りよりも動揺の色が激しかった。


「主さま…?」


「…誰か伊能を呼べ。至急だ」


そう吐き捨てると、澪の手をそっと外して自室に入ると強めに障子を閉めた。

それで入ってはいけないのだと分かった澪は、いつでも呼び出せるように屋敷の客間に住まわせていた伊能に会いに行って黎が呼んでいることを伝えると、縁側にぺたんと座った。


「あの顔…どうしたんだろう…」


伊能が足早に部屋に入っていくのを見た澪がにじり寄ろうとすると、黒縫が後ろ足で立って立ち塞がるようにして澪に寄りかかった。


『いけません。はしたないまねはおよしなさい』


「でも心配だよ…。だって神羅ちゃんが…」


黎は未だに神羅を想っている。

その神羅があの業平という理知的な男と夫婦になって、しかもすぐ身籠ったともなれば――黎の胸中は複雑そのもので、うなされる日々が増えるかもしれない。


「神羅ちゃん…喜んであげたいけど…今なにを思ってる…?」


黎を愛しているくせに、黎の子ではない子を身籠って、何を思っている?

責務とはなんなのだろうか?

好きな男と離れてまでも為さなければならないことなのか?


「神羅ちゃん…」


つらくて、黎のように押し黙って黒縫を抱きしめた。