へたり込んで動かない身を心配した神羅が床から出て本棚の前に座っている澪の背中を撫でると、澪はぐすっと鼻を鳴らした後ゆっくり立ち上がって神羅と目を合わさず小さく頭を下げた。


「私もう…部屋に戻るね」


「澪さん…どうかしたんですか?私でよければ話を…」


「大丈夫。うん、大丈夫だからっ」


なんとか空元気を出して黎の部屋を出た澪だったが――障子を閉めた途端一気に涙が溢れてきて、黒縫を戸惑わせた。


『澪様…』


「いつから知ってたの?最初から?」


『…ここへ来るまでは私も何も知りませんでした。黎様もたいそう驚かれて…。澪様が居ない時に少し話をしたのですが、澪様が気付くまでそっとしてほしいと。そして少し考えたいことがあるから、と』


「少し考えたいって……私と会った後神羅ちゃんと出会って好きになっちゃったってこと…?」


『澪様、直接黎様に訊きましょう。…今何を考えておられるんですか?』


仮面の男と黎が同一人物――

そう認識した途端、黎への怒りと同時に、仮面の男に寄せていた想いが一気に黎に傾いて、胸が痛くなって立ち尽くしていた。

黒縫の言葉も耳に入らず茫然自失の状態で黙っていると、そこに澪の異変に気付いた黎が静かに歩み寄った。


「澪…どうした?まさか七尾に何かされたのか?」


「黎さん…ううん、その件はもういいの。私、自分でどうにかできるから」


「だが…」


「黎さんは神羅さんのことだけ考えてればいいんじゃない?私…お邪魔虫でしょ?」


――声色は少し冷たく、いつも明るい澪の表情が曇り、眉間に皺を寄せている様は黎を不安に駆り立ててそっとその肩に手を置いた。


「邪魔だとか思ったことはない。何を言うんだお前は」


「…私、ちょっとひとりになりたいから部屋に戻るね」


「澪」


名を呼ぶ声を振り切るようにして背中を向けて前へ歩くことだけを考えた。


黒縫がついてくる足音を聞きながら、こみ上げてくる嗚咽をなんとか堪えて――歩き続けた。