「栄莉ちゃん、410号室と411号室のお客様、そろそろ着くからお願いね」

「はい!」


 そろそろ午後の作業開始。

 チェックインにはまだ早いから、館内のお客さんはまばら。

 まかないを頂いて一息いれたところで、ぐうっと伸びをして。

 窓から差し込む光は、真夏の鋭さを増してきた。

 今日も暑くなりそう。

 頑張らなきゃ。


 二時を過ぎるとだんだん忙しくなってくる旅館のお仕事。

 申し送りとかいろいろ済ませて、私も帯を締めなおし、午後のお仕事に気合を入れる。


 今日の私の担当は5部屋分のお客様。

 平日だからそのくらい。

 休前日になるとこの倍はサバかなきゃいけなくて。

 まだこの旅館で働くことになって日の浅い私には結構な重労働。

 先週の土曜日もいっぱいミスしちゃって、仲居トップの青山さんに叱られちゃった…




 私、本条栄莉。18歳。

 高校卒業と同時にこの旅館で働き始めた。

 昔から、人と接せるお仕事がしたいな…と思ってて。

 でも、ショップ店員さんとか、ウェイトレスさんとか、そういう系じゃなく、

 もっとこう…上から下まで、いろんな人と接する機会が欲しいなって思ってて。

 旅館とかホテルとか、

 そういう色んな人が集まる場所で仕事がしたいなって思ってた。

 羽を伸ばしにやってきたお客様に、ゆっくりしていって欲しいなって。

 そういうひとときに、自分が係われたらいいなって。


 3ヶ月の研修期間が終わって、もうすぐ2ヶ月。

 まだまだ不慣れで、青山さんにも、おかみさんにも、お客様にも時々叱られるけど、

 私はこのお仕事が大好き。

 自分で選んで進んだ道だから、

 青山さんみたいになれるように、精一杯頑張るつもり。


 自分のサービスに喜んでくれるお客様も、最近はちょっとずつ増えてきて。

 先週、ハガキを出したお客様から、初めてお礼のお手紙を頂いた。

 すっごく嬉しくて。

 ちょっと、涙が出ちゃった。

 
「ありがとう」


 のひと言がこんなにウレシイってこと、

 このお仕事について初めて知ったんだ。