小倉ひとつ、と彼はいつもこなれた注文をする。


「瀧川さん、小倉お好きですよね。おやつですか?」


なんとはなしの問いかけに、書き留めにさらさらと記名していた目の前の男性は、美しい切れ長の瞳をゆっくり持ち上げた。


たきがわさん——滝じゃなくて瀧。


滝よりも瀧の方がなんとなく清廉な感じがして、陶器のようなどこか硬質な涼やかさを持つこの人に、よく似合うと思う。

とめはねまで丁寧な、粒の揃った彼の字で書かれると、なおさら。


小倉ひとつ。


薄い唇からそっと紡がれる静かな口調は、落ち着いて深い。


ひたすらに耳心地のいい声というのは、こういう声のことを言うのだろう。


常連の瀧川さんは、いつも決まって開店直後の九時ぴったりに引き戸を開け、いつも決まって小倉をひとつ予約していく。


そして、少し角ばった字で書かれた「十三時 瀧川 小倉ひとつ」の書き留めの通りに、十三時ぴったりにお店に現れて、できたての小倉をひとつ、いつもの席でいつものように頭から静かに食べていく。


ここはたい焼き屋「(いな)や」。


瀧川さんは、紺のスーツがよく似合う、稲やの常連客である。