「あ……サクラ……」


そこは北校舎と南校舎を繋ぐ渡り廊下。

開けっ放しの窓から見える、大きな桜の木に目を奪われて、思わず足を止めた。

手を伸ばすと、はらはらと風に舞うハート型した花びらが一枚……

手のひらに着地した。



松本千春(マツモト・チハル)。

先週、この学校に入学したばかりの高校一年生。


わたし達の高校は、町の北東に広がる小高い山の中腹にある。

この辺りのサクラは、ずいぶんのんびりしているらしい。

市街地より遅れて咲き出した花は、今日ようやく満開をむかえた。


キョロキョロと視線を動かす。

放課後の廊下には生徒の姿は見当たらなかった。

わたし以外誰もいないことにホッとして、鞄の中からいつものモノを取り出す。


それは小さなB5サイズのスケッチブック。


子供の頃から絵を描くのが好きで、いつの間にか持ち歩くようになっていた。


いつもの要領で、ペン1本を使ってさらさらと目の前のサクラの木を描く。

スケッチをする時は、鉛筆ではなく、ペンで描くのがわたしのスタイル。

対象物をジッと見つめる。

目で見たものを頭の中でもう一度イメージ。

そして、それを一気に手とペンに伝えて、描き上げていく。

修正できないというこの緊張感がたまらなく好きだった。



白い紙と、ピンクの桜に意識を集中させていると、突然ポンッと肩を叩かれた。


「キャ……」