「お客さん、そろそろ看板なんだけどね。そいつもそろそろ解放してやってくれないか」

 カウンターから店長が俺達に声をかけてきた。


 助け舟だろうけど……もう少し遅くなってもよかったのに。


「悪かったな。今日の分、給料に上乗せしとくからよ」

 俺を見て店長はそう言って、調理場の方に戻って行った。


「マジっすか? やった~儲け~」

 前言撤回で俺は喜んだ。


 何気に仕事してないし、しかもおっぱい大きいお姉さんと一緒にいて得した。


「んじゃ、お姉さん。お勘定……」

 俺は少し気分よくそう言って立ち上がった。


 でも、彼女の手は、俺の腕を掴んだままだった。見ると下を向いている。


「……ない」

 そのまま、彼女は何かを言った。


「え?」

 俺にはそれが聞き取れず、屈んで顔を覗き込んでみた。


「…帰りたくない」

 彼女は、何だか機嫌が悪そうな顔でそう言った。


「え~…さすがにちょっとそれは困るって、お姉さん…」


 いくら何でも、俺だってそろそろ帰りたい。

 そりゃこのおっぱい……いやお姉さんをこの状態で帰すのは、惜しい……いや心配なことだけど。


「だって……帰ったら一人で急に現実に戻されて……絶対に自己嫌悪しちゃうもん」


 意外にも、そんな理由で俺は驚いた。


「だったら飲まなきゃいいのに」

 酔いながらそこまで考えて、どうなるかが分かっているのに、どうしてこんなに飲むのか、俺には分からない。


「分かってるわよ! でも飲まなきゃやってらんないんだからしょうがないでしょ!」

 彼女は少し声を荒げて、グラスに少し残っていた焼酎を飲み干した。


 ある意味、羨ましいと思った。

 失恋して、直接ではないけど、自分の思っていることを、素直にぶつけることができることが……

 俺は直接でも、別の何かにでも、そういう風にはできなかった。


「分かった。一人になりたくないなら、ホテル行く? 俺と……」

 口が勝手に、そう言っていた。