「いいえ、たとえ話せたとしても、王は標本にしろと言うでしょう。私が死をまのがれたのは、標本としての価値が無かったからです」

私は即座に答えていた。
「そんなことないわ、ラジールはきれいだわ」

これは本当のことだ。お父様たちは嫌いみたいだけど、私はラジールの豊かで艶やかな黒い髪が大好き。自分の、紫の髪よりも好きなくらいだ。彼がいつも後ろで一つに束ねているのが、とても残念。

彼はまた微笑んだ。
「では姫は、私を標本にしたいですか?」
「いいえ、いいえ、」
私は激しく首を振った。

「そんなこと……私は生きてるあなたが好きなの」
私ったら、何を言ってるのかしら ── 支離滅裂だわ。

「姫 ……」
ラジールの瞳が、じっと私を見下ろしていた。黒耀石かオニキス、いいえ、透き通った黒水晶のよう。どれほどの夜を見つめ続けたら、こんな美しい黒い瞳になれるの……?

「あなたはまだ幼い。けれど──」
「あら、私、もうすぐ14よ。来年の夏至をすぎたら、お嫁にだっていけるわ」
「そうです。しかし姫はそのことの意味を、まだわかっていない。あなたは ── 」
私は息をつめて、ラジールの真剣な瞳を見つめた。

彼が無表情だなんて、誰が言ったのかしら。まるで凍りついた標本のようだなんて。うそよ。ラジールの瞳には、いろんなことが映るのに。ほら、今彼はとても大切なことを言おうとしてる……。

その時広間のほうから、大きなざわめきが波のように襲ってきた。そして父様の、ラジールを呼ぶ声。
「ああ、行かなくては」
彼は身を起こし、広間の方に目を向けた。

「どうやら、彼らが逃げ出したようです」
「彼ら?」
「姫はお部屋へお帰り下さい」
そう言い置いて歩み去っていく背中に、私は呼び掛けた。
「ラジール、待って!」

けれど彼はそのまま広間の明かりの中に飲み込まれていき、私は一人、その場にとり残された。