「ただで、とは言わないよね」

こめかみのあたりが痙攣するのがわかった。あまりの怒りに卒倒しそうになりながら、私は叫んだ。

「……な、なんて奴なの! 人が生きるか死ぬかって時に……!」

「しーっ! 大声だすなよ、やつらが来る」

彼は檻のそばに素早く戻って来て、壁を隔てて私と向かい合った。背の高さは私とほとんど変わらない。

私の顔をのぞき込むように見て、彼はふふっと笑った。その笑顔があんまり人なつこくて、不覚にもまた、どぎまぎしてしまう。

「オレの子を生むって約束してくれたら、助けてやってもいいよ」

私はめまいを感じて、壁に手をついた。
……ダメだ、ついていけない……いったい、この世界の住人は何を考えてるんだ!

その時、扉の外がにわかに騒がしくなった。

「いけね、もう来た!」

彼の手がさっと伸びて、私の腕をつかんだ。

「きゃっ!」

引っ張られて、私の手が壁を突き抜けた!
と思った次の瞬間、妙な感覚を覚え、私は体ごと壁を通り抜けていた。

「信じられない……」

ぼーぜんとつぶやく私。

「早く!」

彼は私を引っ張って窓に駆け寄った。

「いくぞ、しっかりつかまって!」
「きゃああ〜〜〜っっ!!」

うそでしょお〜〜〜、この高さ、ビルの5階以上はあるわよ! それを、彼は、私を捕まえたまま、飛び降りたのだ! もうだめ、死ぬ!

視界が、ブラック・アウト ──────