バス停に着くと、既にお兄ちゃんが並んでいた。

起こしてくれてもいいのに……

ここ2~3年、お兄ちゃんが冷たい。

昔は良くお風呂にも入ったし、一緒に寝たりもしてたのに。

最近は朝、起こしてもくれなくなった。

本を読みながら並んでいるお兄ちゃんの横を通り過ぎると、私は列の一番後ろに並んだ。

やがてバスがやって来る。

うっ、やっぱり混んでる。

ようやくバスに乗り込み、人混みに押されるようにお兄ちゃんの座る椅子の横を通り過ぎようとすると、お兄ちゃんが「座れ」と言って、私の腕を掴んだ。

「すぐに降りるからいいよ」
「いいから座れ」

強引に手を引かれ、椅子に座らされる。

こんなときだけ、昔みたいに優しいなんて……

私はバッグを持ちながらお兄ちゃんを見上げた。

大学に行くようになってから眼鏡を掛けるようになったお兄ちゃん。

でも、知ってるよ。
それ、度が入ってないよね。

涼しげな眼元に落ちる髪をうっとうしそうに掻き上げる仕草をしながら、私と目が合う。

私は急いで目を逸らした。

涼しい顔して、本に目を戻したお兄ちゃんが急にバスの後ろを見るなり、「ちょっと持ってて」と言って、本とバッグを私の膝の上に置くと、人混みを掻き分け、バスの後ろの方へと移動し始めた。

「お兄ちゃん?」

私はバスの後ろの方へと声を掛け、振り返った。

突然、大人の男の人の声が聞こえる。

「いててて……何すんだよ!!」
「あんた、いい大人がこんなことして恥ずかしくない?」

お兄ちゃんの声が聞こえる。
でも、何が起こっているのか人混みで良く見えない。

女の人の啜り泣く声が聞こえて来た。

「いいから、来いよ!!」

今まで聞いたことの無いようなお兄ちゃんの大きな声に体がビクンとなる。

「運転手さん。この次のバス停で降ろして下さい!」

私の横を人混みを分けてお兄ちゃんが通り過ぎる。

お兄ちゃんは言った通り、次のバス停で降りた。

40代くらいの男の人も一緒だ。

その後ろからS校の制服の女の子が泣きながらついて行く。


「おにいちゃん!」

私はバッグを両手で持ちながら、お兄ちゃんの後を追い駆けるようにバスから降りた。