「事件か?」

ショーケースの中に視線をロックしたまま、達郎は言った。

「仕事サボってデパ地下来るほど呑気じゃないわよ」

甘い物は嫌いじゃないけど、達郎ほど甘党ではない。

「聞いてほしい話があるの。ちょっと来てくれる?」

しかし達郎から返ってきたのは「ああ」という生返事。

あたしは小さなタメ息をついた。

「上の喫茶店で待ってるわ。選び終わったらでいいから早く来て」

達郎はショーケースを眺めながら、ひらひらと手を振った。

ええい、今度は返事すら無しかい。

身内の頼みより甘い物の方が大事…なんだよな、この男は。

長い付き合いで充分すぎるほどわかっていることを、あたしは今さらながら思い出していた。