知らなかった。
百合の中で、そのときの記憶はおぼろげにしか、ない。
タクは確か、テーブルの下に落ちた小銭を拾って頭をぶつけていたような・・・
「でも、だってさ」
女心は複雑で、そうは言われても、百合の心は簡単には晴れ渡らない。
子どもみたいだと自分でも思ったが、百合は頬をふくらませてすねた。
あーあ、せっかくきれいなドレスを着てるのに。わたし、バカみたい。
「結婚式のことだって、全部わたしに決めさせて。タクはどうでもいい、みたいな感じじゃん。好きな人と一緒になれる最高の日だったら、もっとあぁしたいとか、こうしたいとか思わないわけ?」
卓也は、首をひねる。
「うん、正直なところ、どうでもいい」
「ほら!やっぱり・・・」
卓也は、いつもと変わらない穏やかな笑顔で、百合の言葉をさえぎった。
「ユリが僕のお嫁さんなら。
それ以外は、どうでもいいんだ」
「・・・」
百合は気づいた。
卓也の「うん、いいよ」にはいつだって、
「君が僕のお嫁さんなら」という条件が付いていたことに。
百合は、ふくらんだ頬を元に戻せない。
戻したら、涙がこぼれてしまいそうだった。
卓也は、百合のそのふくれた頬を軽くつつく。
すねた顔も、たまらなくかわいいよ。
「君の頭にコアラがついてようが、ついてまいが、ね」