「由衣ー。 ごはん、出来たぞー」


またお父さんの声がした。


食欲なんてない。


けれど、降りなければ、お父さんが心配して上がってくる。


私は涙をぬぐい、目の充血を解消してくれる目薬をさしてから台所に入った。


テーブルの上に温かい食事が並んでいた。


お父さんがテレビの料理番組をすべて録画し、研究してきた成果。


「食育って言ってね。子供にとって食事は本当に大切なものなんだ。体を作るだけじゃなくて、心も育てるんだよ?」


それがお父さんの口ぐせ。


「子供って……。私、もうお母さんの代わりにご飯、作れるよ?」


何度そう言っても、お父さんは譲らなかった。


「お父さんが作ったゴハンで、由衣の心を育てたいんだよ」


その言葉を聞きたくて、私も何度も同じセリフを言い返す。


お父さんの言葉を聞くたびに、お母さんは本当に素敵な人を選んだんだ、と思えるから。


「いただきます」


食欲がないままに、箸を手にとった。


「由衣が成績いいのは知ってたけど、学費免除になるほど優秀だったなんて、知らなかったよ」


急須にお湯を注ぎながら、お父さんはひとりでウンウンとうなずいている。


「学費免除?」


何の話?


「鳴沢先生がそう言ったの?」


おそるおそる尋ねた。


「そう……だけど」


私の顔を見て、お父さんの表情がわずかに曇った。


「由衣。もし、特待生になるのが不安なら、やめてもいいんだよ?」


「え?」


「途中で成績が下がったら、とか考えてるんだろ?」


「あ……。えっと……。う、うん……」


何と答えていいかわからなくて、曖昧に返事をしてしまった。


「お前が責任感の強い子だってことは、お父さんもわかってるつもりだから」


「う、うん……」


「お父さん、ちゃんと先生に確認したんだ。もし、由衣が勉強についていけなくなった時はどうしたらいいんですかって。そしたら、その時は普通に学費を支払っていただきますって、先生、笑ってらしたよ」