「……とりあえず、中に入れ、美幸」

「あ、お兄ちゃん……っ」

「……なんだ?」

「うちの二階……あそこって、部屋、ないんだっけ?」

今さっき気になったことを訊ねてみると、兄は、家の中から出てきた。

美幸の横に立ち、美幸の言うところを見上げる。そして笑った。

「なに言ってるんだ。ずっと前からあるぞ」

「あるの?」

「あるよ。――なあ?」

と、兄は誰に同意を求めたのだろう。

首を捻った美幸は、視界のはしで起こったことに目を疑った。玄関が、勝手に開いたのである。

――いや、勝手にではない。だれかが、家の中から出てきたのだ。

「おあえ……ぉかえい、おにいぁん、おええやん……」

襤褸のようなワンピースをまとった、少女――あの、化け物が。

無垢に、笑って。

悲鳴をあげたかった美幸だが、

「こら」

兄に口を押さえられた。同時に、片腕を一瞬でねじりあげられる。

じゃくり。

「――――――っ!?」

イヤな音と激痛が、美幸を襲った。

あまりの激痛に悲鳴もかすれた。きっと、口を押さえられていなくても、満足な声は出なかったろう。

ただ、涙が、目玉が溶け出したように溢れ出る。

「ダメだろ美幸。そんな態度を取ったら。あれは僕の芸術なのにさ」

と、妹の腕をねじり折った兄は、恐ろしいほど優しく言うのだった。