「アレクシスか。どうした?」
 騎士団長が身支度を整えていた。
「前の山越えで着ていたフードが見あたらないもので」
「ああ、それは全て集めて売り払うよう指示を出した。新しく擦り切れたフードを用意させてあるから、取りに行ってきなさい」
「あの、なぜ新しく襤褸を購入されるのですか? 前の品の方が丈夫なのでしたら、改めて使い古しを買うのは余計な経費がかさむのでは?」
 交易の栄えるカーナヴォン領で育ったアレクシスには、到底理解できない行動だった。ただ損をするだけ。新しい品を売ることで、古いものを手に入れるなど、商人は喜んでも、こちらには何ら利点は見あたらない。
 騎士団長は楽しそうに笑った。
 アレクシスに歩み寄り、膝を折って視線を合わせる。
「アレクシス・カーナヴォン」
「はい、騎士団長様」
「幾つか質問をしよう。我々王国騎士団の役目は何だと思う?」
「このフラ・ダ・リス(百合)に誓い、王の盾となり剣となって国家を守ることです」
 うむ、と騎士団長は満足げに頷いた。
「では今、守るべき相手は誰かな」
「王妃様と姫君です」
 よろしい、と騎士団長は身を起こす。
「それでは今、我々がしている事はなんだろうか」
「お忍びの王妃様と姫様を、外敵からお守りする為、警護をしています」
 迷いのない発言だった。
「その通りだ。我々は身分を隠し、隠密に動いている。決して王妃様と姫様、そして我々が騎士団の人間だと、外部に悟られてはならない。だが人の噂とは厄介でな。いくら隠しても、情報とは時に漏れるものなんだ。絶対はない」
 まだ少年のアレクシスには、騎士団長が言わんとしている真意がはかりかねた。
「と、いいますと?」
「アレクシス。人間は弱い。人の秘密や隠し事に、永遠はないのだ」