魔物達の巣くう広大な森林地帯。
 カーナヴォン伯爵領のすぐ隣に存在し、その領土の大きさは伯爵領をしのぐほどだと言われている。領土の境目の町では、時々『ウィッカ』いわゆる、魔法を使う悪しき女達と竜が現れるという話をきく。
 町を荒らし回り、財宝や命を奪う、と。
 南の土地から、カーナヴォンにたどり着くには、その森が隣接している地域を抜けなければならない。
 優秀な騎士団の多くが、重々しい空気で同行するのは、その為だろう。

「あー、みーっけ」
 足にしがみついてきた小さな両手。
 年に数回しか聞いたことの無かった声でも、アレクシスは声の主が誰なのか理解していた。
「姫様」
 幼いこの国の王女、名をアリス。
 男子が切望される世界において、王妃が授かったのは可憐な姫の命だった。
「あれくせす。あそぼー?」
 王族の自由奔放すぎる振る舞いに困惑しながら、アレクシスは姫を足から引き剥がし、うやうやしく頭を垂れた。
「私はアレクシス・カーナヴォン。この度、姫の護衛を任じられました。どうぞお見知り置きを」
「あれくせす・かーなぼ? にん?」
 愛らしい姫君が、空色の瞳を丸くして首を傾げた。
「……アレク、で宜しいですよ」
「アレクー、あそぼー? たいちょがねー、アレクがずっとあそんでくれるっていってたのー」
 どうやら既に任務は始まっているらしかった。
 元々、必要なもの以外持っていない。身の回りは常に綺麗にしていた。すぐにでも旅立てる状態を整えて、アレクシスはまっさらな白い手袋をはめ、栗鼠のように跳ね回る少女の片手を繋いだ。
 目を離すと、すぐにいなくなってしまいそうだと、イヤな予感がしたからだ。
「姫様、いまおいくつですか?」
「んとねー、よっつー!」
 満面の笑顔で、四本指を見せた。
 アレクシスの受難は、この時から既に始まっていた。