蝋燭と暖炉の炎だけが部屋の中を照らしている。薄暗く、どこかゆっくりと空気が流れていた。貴族の姫のようにエスコートされ、高価な長椅子に腰を下ろすよう命じられた。
 上質の毛皮を用いた、甘い手触り。
 貴族の調度品は、やはり質が違う。
 自分の衣装を、モモはじっと見下ろした。侍女服で汚してしまわないかが心配だった。
「これでも膝にかけて。女性が体を冷やすのは、よくないんだろう?」
 見事な刺繍が施された一級品の膝掛けだ。
「いけません。汚れちゃいます」
「汚れたら洗えばいい。真夜中にご婦人を呼びつけておいて、寒い廊下に立たせていたとあっては騎士の名折れだ。飲み物は、甘口の貴腐ワインでいいのかな?」
 私の世界では16歳で結婚は出来ても、まだお酒は飲めません。
 モモは心の中で呟いたが、何しろ日本の話を誰一人として信じてはくれない。ムキになって説明しても、あの娘は気が触れたのだと、失礼なことばかり言ってくる。仕方がないので世話をしている姫様にだけ、おとぎ話として『ジパング』の物語を語っている程度だった。いくらアレクシスが心優しい騎士団長でも、信じてはくれないだろう。
「あの、できればお水で。明日の朝もお仕事ありますし、ひぃさまとお出かけするんです。お酒だと起きられないかもしれなくて」
 やんわりとお断りを申し上げた。
「ああ、これは失礼。では水で。明日も早いのに呼びつけて申し訳なかったね」
「とんでもないです! 私みたいな、こんな召使いの身に余る光栄です。アレクシス様に憧れている女性は沢山いらっしゃいますし」
「アレク、でいいよ。今は仕事じゃないからね」
 ウインク一つ。
 水の入った銀の杯を受け取りながら、あだ名で呼ぶことを許された事実にモモは固まっていた。名で呼ぶことを許された事すら、他の召使いにはあり得ない特別待遇だ。普通はカーナヴォン騎士団長様と呼ばれている。
「さて」
 アレクシスはモモの傍らに腰を下ろした。
 とっさに立ち上がろうとしたが、手首を捕まれる。
「座って。横に並ぶことを恐れなくて良いんだよ。今は真夜中。ここは私の部屋で、君は私のお客様だ。騎士団長とひぃさま付きの侍女じゃない。分かった?」
「……はい」
 渋々腰を下ろす。