屋敷に戻ると菖蒲は仕事で
いなかった。
普段から家にはほとんど
戻らないが今は顔も
見たくなかった。

それにこの時間に帰ったことを
知れば菖蒲の思い通りに
ならなかったことがばれて
激怒されるのが目に見える。

むしろ櫂斗と連絡を
取っているのならホテルから
逃げ出したことはすでに
知っているかもしれない。

棗は足早に自分の部屋へと
駆けこんだ。
ぴったりと薬指にはまった指輪を
無理やり外す。
投げ捨ててやりたい気分を
押さえて机の上に置いた。
たくさんの参考書を置いた本棚に
目がいく。

勉強も習い事もすべてこの
結婚のためにやってきたのだ。
結婚相手に愛情は持たなくても
西園寺を継いでいく者として
誇りを持ってやってきた。

こんな風に菖蒲に取引の
道具として扱われる為ではない。

棗の頬を涙が伝った。

ひどい疲労感が身体を襲う。
倒れこむようにベッドに
横になった。
涙は静かに溢れてきて
シーツを濡らす。


止めどなく溢れる涙に
棗は声を殺して泣いた。