「起きてたのか」

「ええ。アナタが帰ってくるまでは、寝ないわ。ううん、アナタがそばにいないと、眠れないもの」

「そうか」

妻が私の背広を脱がす。私はネクタイを緩めた。

「お食事はすませていらしたの?」

「ああ」

「お風呂は?」

「今日はいい」

トントン続いた会話に一瞬、静寂が落ちてくる。

気まずさではない。

ただ、「だったら……」という表情で肩と脇を引き締めるように縮こまる妻の仕草が、気に食わない。

彼女は、俺を食い物にしている。

「ベッドに、行きます?」

「……ああ。そうだな」

そう、頷きはした。

妻は、私の心根を知らない。が、わざわざ、頬を赤らめて私の愛撫を望んでいる妻に、それを教えることはないだろう。

男は、単純になれる。

シーツの海へ妻を突き落とした私は。まずキスをした。

そして、そのおとなしそうな小さな耳へ言ってやるのだ。

「知ってるかい。キスは、好きな相手とするものだってね」

「あら。まあ嬉しい」

そうして、私の夜は更けていく。

嘘と、夢と、妻との三拍子で、表と裏の意味が違うコインのように。