諦めて、ドアを締めた。代わりに、彼女へ近づき、手を取って、紙幣を握らせる。

「なに、これ」

「……タクシー代」

としては、お釣りがたんまり出るだろうが、私はそれをぐっと彼女に握らせた。返却は受けつけない。

彼女は私を見た。少し吊り目がちゆえに、ともすれば、睨まれているようだ。

が、すぐに微笑みが浮かぶ。絶妙に八重歯を覗かせるのは、私が教えた。

「ねぇ、おじさん」

「なんだい」

「私達の関係って、なにかな。援交?」

「ちがう」

「じゃあなに?」

「名前はない」

端的な即答を、二回。が、援交ではないことだけは、はっきりと声に込めた。

強情な子だ。タクシーも使わず、どうあっても歩いて帰ると言う。

諦めた。そこまで引っくるめて、彼女は真っ白く、綺麗なのだ。自分というものをまったく穢さずに活きていける。

私が家に戻った時には、日付が変わっていた。しかし、ダイニングの電気はついており、食卓の、向かい合った二脚の椅子のひとつには、妻が座っていた。

こちらに振り向いた妻は、すみれのように淡く、微笑んでくる。