それは、夢だったのかもしれない。

テレビだけが光源のリビング、テーブルに置かれた置き手紙を見つめて、兄が静止している。

正確には、その置き手紙がなんの裏を使っていたのかを思い出し、驚愕し、また、自身の失態を悔やまんばかりに、険しい表情を浮かべていた。

紙をぐしゃぐしゃにしてポケットにねじ込んだ兄の、吊り上がっていた眉がしな垂れ下がり、いつもの優しい眼差しで、半眠半醒の美幸を見やる。

美幸は、なぜか、寝たフリを通した。そうしなければいけない気がした。

「もうすぐ完成するからね――僕の、愛しい美幸……」

そして、頬になにか、柔らかいものが触れ、ぬくもりを感じ、秒の間を置いて、離れていった。

それは、夢だったのかもしれない。

なにせ、兄が自分に愛の――家族愛というのとは明らかに聞き違える――告白をし、頬に、恋慕の証たるキスまでしてきたのだから。

だから、それは、夢だったのかもしれない。

そう思う、思おうとした美幸が、再びの眠りに落ちていくまで、さして時間はかからなかった。

つけっぱなしのテレビでは、なにか緊急のニュースが流れていたが――アナウンサーの声も耳に入らなかった。